昔、芸能集団(劇団?)大川興業のリーダー、大川総裁の「金なら返せん」といういうコラムが流行っていました。
そのコラムの中で、大川総裁は、
―― 「金なら返せん」とは、「金を返したいという強い意思がある」が「今は返せない」という意味がである。「借金の踏み倒し」とは、全く性質の異なるものである
と主張していたように覚えています。
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先日ツイッターで検索していたら、『江端智一て英語嫌いエンジニアのエッセイ』なる記載のされたツイートを見つけました。
多分、このことを言っているのだろうと思うのですが、
―― 全く正しくない
「誤解も甚だしい」とは、まさにこのことである。
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私は、
■NHKラジオ番組の「実践ビジネス英語」は、英語の内容は分からんが、そこに出てくる題材は、なんどもコラムのネタにさせて貰っているし、
■英語でしか記載されていない通信プロトコルの仕様書しかないのであれば、諦めないで、ちゃんと読むし、
■通じるかどうかは関係なく、街の中で困っている外国人がいれば、それがどこの国の人であろうとも(英語を母国語としない外国人であろうとも)、英語でしゃべりかけることに躊躇はありません。
ただ、私は、
■ラジオから流れてくる英語の内容が分からず、
■通信プロトコルの内容を正しく理解できず、
■そして、困っている外国人を、結局助けることができない、
■加えて、勉強をすればするほど、TOEICの点が下っていく
という、エンジニアなのです。
私が単なる「英語嫌いエンジニア」ならば、話は単純で簡単で、もしそうであれば、あのような大量のコラム(もう連載20回にもなります)が生まれてくる背景も動機もなかったのです。
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私は、英語が嫌いではありません。むしろ、一緒に暮して仲良くやっていきたいと思っています。
しかし、英語は、私のことが嫌いなのです。英語は私なんかには、使われたくはないと思っているのです。
このような一方通行の関係があるからこそ、私は「英語に愛されないエンジニア」なのです。
長女とレイトショーで、映画『るろうに剣心 伝説の最期編』を見てきました。
I went to the movie "Rurouni-KENSHIN, The last legend" with my senior daughter.
前作『るろうに剣心 京都大火編』で、その殺陣の凄さに度肝抜かれたので、 流石に、今回は慣れて見られるだろうと思っていたのですが、
When I watched the previous work, I was really surprised at the swordfight action. So I thought that I got used to seeing the action.
今回は、別の意味でドキドキしましたよ。
However, I felt excited from another view.
―― この撮影で人死は出ていないんだよな
"Nobody were dead in the filming weren’t them?"
と。
どこが良いかというのは、到底纏め切れないと思います。
Thought it might be hard for me explain the good scenes of this movie,
あの殺陣のシーンは、あまりに早過ぎて、複雑すぎて、目による視覚処理と、頭による情報処理、いずれも付いていけていなかったので、正直、あと5回くらいは見たいところです。
This sword fighting is too fast and complicated, and unfortunately I could not process both the sight and information at all.
So I want to watch the movie more than five times at least.
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と言う訳で提案なのですが、
The following is my proposal.
『るろうに剣心 京都大火編』『るろうに剣心 伝説の最期編』の両方で、
For the movie of both "Rurouni-HENSHIN Kyoto big fire" and "Rurouni-KENSHIN, The last legend"
―― 「殺陣シーン」詳細解析ブック
"The detailed analysis book of sword fighting"
というのを、発行するというのはどうでしょうか。
will be published, I hope.
多分、日本の映画、演劇世界に、ある種のパラダイムシフトを起こす―― というのは、正直どうでも良くて、
To tell you the truth, I don't care that whether this book might make a kind of paradigm shift for Japanese movies and theater world.
恐らく、私が、その本を擦り切れるまで読むだろうと思うのです。
Maybe, I will read the book until it crumbles,
エンジニア視点で。
From the viewpoint of an engineer.
本日は、コラムがリリースされた日なので、日記はお休みです。
Today, a new column is released, so I take a day off.
"A nonfiction story of online fraud (the 2nd part)"
"Crib-note for counter-attack to retain bank as an ally"
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私が、イラストのイメージを説明した後、
After my explanation of an illustration image,
光源、立ち位置、顔の上下、目の方向、表情、その他を、私に詳細に指示をしながら、
advising me about light, standing point, face angle, sys shot and facial expression in detail, and
デジタルカメラで、今回のコラムのイラストにつかう写真撮影を実施した、
trying to snap a shot of the column of this series
そういう、我が家の娘は、
such a senior daughter of my family
―― 実在します。
has existed.
"I love you"を、「月がとてもキレイですね」と翻訳した作家がいたとか ―― 真偽のほどは知りませんが。
I hear the story that there was a writer who translated "I love you" to "the moon is very beautiful", however I don't know whether it was true or not.
いずれにしても、この発言前の会話の状態を、ちゃんと調べないと、これが翻訳として妥当かどうかは分かりません。
Anyway I think that nobody can know whether it is reasonable as the translation, before reading the states of the conversation around this phrase.
例えば、相手の女性が「月子」とか、あるいは変身後の「セーラームーン」だったならば、この翻訳は『なかなか上手いこと言った』と言えると思います。
For example, as the heroin in the book, her name is "Tsukiko" or, she is a transformed "Sailor Moon", this translation is, I think "quite good."
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このような、「人」と「モノ」のコンテクスト変換は、エンジニアである私にはもっとも苦手とする分野です。
Such a context conversion between "people" and "thing" is bad for me, as an engineer.
「苦手」というのは、それが「できない」のではなく ―― というか「できない」なら良いほうで ―― 「完璧に間違った方向に誤解する」ということです。
The "bad" doesn't mean that I cannot do the context conversion. If only I cannot do it, it is better. It means that I understand the wrong direction of the book.
特に古典文学分野で、この傾向が甚だしく、私が覚えている限り、例えば、太宰の「人間失格」、漱石の「こころ」、スタンダールの「赤と黒」など。
Particularly in classical literature field, it is terrible. As far as I can remember, for example, "disqualification as a human" of Dazai, "Kokoro" of Soseki and "red and gray" of Stendhal.
完全な解釈の誤解で、他の人から、ごうごうの批判を受けてきたことは、すでに何度かお話しました。
I already told you that I have received criticism of rumbling from others, by my misunderstanding of complete interpretation of those books.
しかし、「そのような人間でも、コラムの連載のチャンスを頂けることがある」という事実は、多くのエンジニアに勇気を与えている、と信じています(これも誤解かもしれませんが)。
However, the fact that "for even such a person, there might be chance for writing to be given by others" is, I believe has given courage to many engineers, (might this be misunderstood).
(To be continued)
私は「王禅寺の特許(明細書)量産機」を自称しているので、明細書を書く速度は速いです(内容はさておき)。
Since I'm self-designating "patent (application) mass production machine", the speed of writing it is fast (Regardless of whether the content is good or bad).
日記や連載コラムを書くスピードも、そこそこ速いと自負しています(内容はさておき)。
I am proud that the speed of writing diaries and serial columns is so fast(Regardless of whether the content is good or bad).
しかし、これが「論文」となると、もう滅茶苦茶に遅い。絶望的に遅い。
However, when this becomes a "paper", it is too slow. Desperately slow.
理由は明快で『これまで、書いたことがないから』です。
The reason is clear that "I have never written a paper before."
なぜ『書いたことがないか』というと、そのようなチャンスがなかったというか、逃げてきたというか、まあ、一言で言えば、
The reason of "why I have not written a paper" is, for example, "I had no chance", or I run away from the task", however in a nutshell,
―― 面倒くさい
"Bothersome"
学会発表用のペーパー(カンファレンスペーパー)なら、何度か(といっても数える程ですが)提出したことがあります。
Until now, I have submitted papers for conference presentation (conference papers) several times (although they were just a few times).
採否判定の条件は緩く(判定しないものもある)、提出後は、発表会場でプレゼンをすれば、任務終了です。
Conditions for acceptance / rejection judgement of conference papers are loose (some do not judge), after submission, if you present at presentation place, mission is over.
カンファレンスペーパーの採否判定の条件は緩く(判定しないものもある)、提出後は、発表会場でプレゼンをすれば、任務終了です。
The acceptance / rejection judgement of conference papers are loose (some case they are not judged), after submission, after you present at presentation place, the mission is going to be over.
しかし、論文 ―― いわゆるジャーナルに掲載されるものとなれば、そういう軽いノリでの提出ができないのです。
However, about "paper" that is posted in a thesis - so-called journal, we cannot submit it with easy-going feeling.
(To be continued)
以前、私は、
"So, I like Rintaro Okabe who don't wear a white coat in Steins Gate Zero"
と記載しました。
I wrote before it.
しかし、
However,
シュタインズゲートゼロ第21話で、復活した「鳳凰院凶真」を見ながら、泣いて、笑いました(Lyra/ライア)。
In Steins Gate Zero 21 story, I was watching an revived "Hououin Kyouma" with laughing and crying.
(監督は、宮野さんを一切コントロールしなかったに違いない、と思うくらい凄い演技だった)
(I believed that the director must have never control Mr. Miyano, that performance was amazing.)
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However, I have already written it in the column,
私が試算した"アマデウス"の本体の規模は、37.5テラバイトです。
The scale of the main body, I calculated of "Amadeus" is 37.5 terabytes.
■USB 転送速度 = 60 MB/s と試算した場合、コピー時間は172.5時間
- Calculating USB transfer speed = 60 MB / s, the copy time will be 172.5 hours
■SATA 転送速度 = 375 MB/sと試算した場合、コピー時間は71.25時間
- Calculating SATA transfer rate = 375 MB / s, the copy time will be 71.25 hours
となります。
さらに、ネットワークの転送速度がボトルネックになります。
In addition, the transfer rate of the network becomes a bottleneck.
もし1TBのデータを100Mbpsの通信回線で転送した場合、100Mbpsの回線は1時間ごとに45GB程度のデータを転送することができ、1TBのデータすべてを転送し終えるには、およそ丸一日かかり ―― つまり、
If 1 TB of data is transferred over a 100 Mbps communication line, a line of 100 Mbps can transfer about 45 GB of data every hour, and it takes about one full day to finish transferring all 1 TB of data ---- It means,
アマデウスの本体を、リモートに移動させるには、計算上、一ヶ月強の時間が必要となります。
In order to move Amadeus's body remotely, it will take a month or more.
仮に、ローカルのマシンに(レスキネン教授に気付かれないように、大学のデータセンタ内の別の記憶領域に退避させる)としても、3日はかかる計算になります。
Even if it is on the local machine (to evacuate to another storage area in the university's data center so as not to be noticed by Professor Leskinen), it will take 3 days to calculate.
『"アマデウス"を破壊するだけなら、乱数的に記憶セクタをビット書き換え攻撃などで破壊すれば足りるので、数分でできるとは思うけど、それじゃあ、意味ないしなぁ』
"If you merely destroy" Amadeus", it is sufficient to destroy the storage sector randomly by bit rewriting attacks, etc, in a few minutes. But it will be nonsense"
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結論:もし、本当に"アマデウス"を救出するなら、大学のデータセンタに大型トラックで突っ込んで、ディスク本体を強奪しなければならない。
Conclusion: If they truly rescue "Amadeus", they have to rush into the university data center with a heavy-duty truck and snatch the disc body.
コンピュータ関連のアタックというと、遠隔からのリモート攻撃をイメージしてしまいます。
When it comes to computer-related attacks, we imagine a remote attack from a remote location,
しかし、テラバイトオーダのアプリケーション本体を、丸ごと奪還することを考えると、現時点では、古典的な強奪方法しかありません。
However, considering recapturing the whole application body of terabyte order, they should do a classical robbery method at the moment.
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しかしスーパーハッカーであるところの「ダル」ならば、もっとスマートな作戦を立てたと、私は信じています。
But I believe that the super hacker "Dull", has made a smarter strategy.
(例えば、100箇所のサーバから同時に大学のデータセンタに攻撃をしかけて、アマデウスをバラバラに分解して持ち去り、後で組み立てるとか)
For example, from 100 servers simultaneously attack an university data center, to disassemble Amadeus into disjointed pieces, and to take it away,a and to assemble later, etc.
まだまだ少ないとは言え、職場にも色々な国の人が勤務するようになってきました。
Although there are still few, people from various countries are now working in the office.
さらに、職場だけではなく、一昨年前には、私の作っている研究用のソフトウェアの開発を支えてくれた2つの組織(委託外注)の人が、大陸(中国)の人と、半島(韓国)の人だったことがあります。
Furthermore, two years ago, not only in the workplace, persons who worked at the two organizations (contract subcontractors) that supported my software work come from the continent (China) and the peninsula (Korea).
今になって考えると『なかなか国際色豊かなチームだったなぁ』と思います。
I think that it was a very international team.
とにかく仕事が早くて、的確な上に、私の要求仕様を上まわるものを、納期までに納めてくれますので、『もの凄く助かった』という記憶があります。
Anyway, they were working fast and accurate, and they delivered the products that exceed my requirements by the delivery date. I remember "it was very helpful".
しかし、私が、『国際色豊かなチーム』であることに気がつかなかったのは、私が、「リベラル」だとか、「コスモポリタリズム(世界市民思想)」であるとか ―― そういうこととは関係ありません。
However, the reason why I didn't realize "international team" was, not that I am "Liberal" or "Cosmopolitalism (World Citizen Thought)", but it has nothing to do with that.
―― 普通に日本語を使っていて、コミュニケーションに問題が発生したことが一度もなかったから
"Because they used Japanese normally, and never had any communication problems"
です。
私にとって、「私とは、私と私の環境である」ということは、オルテガ(*)に言われるまでもなく、私の日常です。
For me, "I am both me and my environment" is my daily life, not to be told by Ortega(*).
(*)ホセ・オルテガ・イ・ガゼット(1883-1955)
(*)Jose Ortega i Gazette (1883-1955)
私にとって、私の環境の外のことは、どーでも良いし、興味もありません。
I am not interested in anything, and I don't care of anything beside my environment.
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ところで、太平洋戦争後、米国において、製品の品質の悪いことを表現する形容句が、
By the way, after the Pacific War, in the United States, an adjective that expresses poor product quality was
"Wouldn't it. It is made by Japan (仕方ない。日本製だからな)"
だったことを知っている人は少ないと思います(古い映画のフレーズに登場しています)。
I think few people know this fact (that appears in old movie phrases).
今でこそ、日本製品の品質は世界で評価されていますが、その当時は全く逆だったのです。
Now, the quality of Japanese products has been recognized around the world, but at that time it was exactly the opposite.
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さらに、話は変わります。
The story changes.
3年ほど前、新人を交えた打合せで、
About 3 years ago, in a meeting with newcomers, when he said,
『中国の製品の品質は悪くて、日本とは競争にならないと、ゼミの教授が言っていました』
"A seminar professor said that "the quality of Chinese products is bad, and we don't have to compete with Japanese products""
という発言をした時に ―― 私は珍しく怒気を含んだ言い方で、その新人を嗜めたことがあります。
I have reprimanded him with an unusual angry phrase.
「中国が製造大国になり、日本の製造業の多くが大陸に移転して20年。その期間、ずっと『品質を悪く維持しつづける』ということが、できると思うか?」
"Twenty years have passed since China became a manufacturing power, and many Japanese manufacturing industries moved to the continent. Do you think you can "keep quality bad" throughout that period?"
―― と。
(To be continued)
今月、社内報でコラムの寄稿をしました。
This month, I contributed a column to the company newsletter.
単に、役職上の仕事として、担当が回ってきたので、業務としてこなしただけです。
I simply contributed it as a work in my position with being assigned.
とはいえ、私、これまで、すでに2回原稿を却下されており、一度は社内でリリースされた後、幹部クラスで大問題に発展しました。
However, I have already had my column rejected twice so far. Once, after being released internally, my column got me into trouble at the executive level.
私は、自分の気持ちを、素直にコラムに書いているだけなんですが ―― まあ、組織には「触れてはいけないこと」も多いのです。
Honestly, I'm just writing my feelings in my column -- well, there are a lot of things that should not be "touched" in any organization.
私もそれを分っていながら、敢えて挑むから、いかんのですが。
I know that, but I dare to take on the challenge, so it's not good.
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しかし、もう「原稿却下→再提出」の時間が惜しいので、今回は、無難に纏めました。
However, I don't want ot waste the time of "column rejected, and resubmitted". This time, I wrote it in a safe manner.
もちろん、一発で、編集を通しました。
Of course, it went through the editorial team in one shot.
私だって、本気を出せば、「当たり障りのないコラム」くらい書けるんです。
Even I can write as much as a "bland column" if I take it seriously.
ただ、社内のシンパが減るかもしれません ―― 「江端が日和(ひよ)った」って言われそうです。
However, the number of in-house sympathizers may decrease. Someone may say "Ebata pandered to the organization"
最近、NHK BSのNスペでは、地震関係の過去の番組が再放送されています。
Recently, NHK BS's N-Spe has been rebroadcasting past programs related to earthquakes.
例によって、一日15分くらいづつ、「一人」で録画を消化しています。
As usual, I'm watching the recordings "alone" for about 15 minutes each day.
家族がこの手のコンテンツに興味がなく、次女に至っては、「怖い」といってリビングから出ていってしまいます。
My family is not interested in this kind of content, and even my second daughter is scared to leave the living room.
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日本の国土が、「水の上に浮んだ発泡スチロール板」であることは、小松左京先生の「日本沈没」を読み込んで、良く知っていました。
I knew very well that the land of Japan is like a sheet of styrofoam floating on the water, having read Sakyo Komatsu's "Sinking of Japan.
しかし、近年の研究で、この「発泡スチロール板」が、さらに、数個(7つくらい)に割れていると知って、驚いています。
However, I was surprised to learn from recent research that this "Styrofoam board" is broken into several more pieces (about seven).
つまり、日本の国土が、バラバラに動いているようです(単なる移動ではなく、回転していたりしている)。
In other words, the land of Japan seems to be moving in pieces (not just moving, but rotating and so on).
そもそも、日本は、どこであっても、年間センチメートルの単位で移動し続けています。
To begin with, Japan continues to move in centimeters per year, no matter where it is.
それは、日本各地に設置された大量の電子基準点(GPSの観測点)からのデータで分かってきてます。
We know this from the data from the large number of electronic reference points (GPS observation points) that have been set up around Japan.
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さて、国土地理院の皆さん。
Now, ladies and gentlemen of the National Geographic Institute.
江端家は、我が家の庭を、電子基準点の設置場所として無償提供する用意があります(多分、設置に際しては、土地買収とか面倒な問題があったのではないかと思っています)。
We, the Ebata family is ready to offer our yard as a free place to set up an electronic reference point (I think there may have been some troublesome issues with land acquisition and so on).
100W以下の定常電力であれば、こちらの電気代金も江端家が負担します(バックアック電源の準備はご勘弁下さい)。
If the power is less than 100W, the Ebata family will also pay for the electricity (please do not prepare a back-up power supply).
有線の通信回線が必要なら、これも江端家のネット回線を無償で使って頂いて結構です(但し、娘たちのYouTubeの視聴に支障が生じない程度の通信量として下さい)。
If you want to use a wired connection, you can use the Ebata family's Internet connection free of charge (but please make sure that the amount of communication does not interfere with the daughters' YouTube viewing).
条件は、「江端家の庭に設置した電子基準点の位置情報を、江端家のPCに接続する為に、インターフェースを1つだけ提供して貰う」です。
The condition is that you provide me with one interface to connect the location information of the electronic reference point set up in Ebata's yard to my PC.
もちろん、可能であれば、日本全国の全ての電子基準点のリアルタイムの情報が欲しいですが、多分、この情報は「国家機密に準ずる情報」と思いますので、そこまではお願いしせん。
Of course, if possible, I would like to have real-time information on all the electronic reference points in Japan, but I think this information is probably "information equivalent to a national secret," so I don't ask you to go that far.
私は、我が家のリアルタイムの移動データが取得できれば、まずは満足です。
I will be satisfied first of all if I can get real-time movement data of our house.
そのデータで、「超局所的な(江端家のみの)地震予測」をしてみたいのです。
With that data, I would like to make a "hyperlocal (the Ebata house only) earthquake prediction.
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たぶん、こういうことに手を上げるエンジニアは、日本中にかなりいると思うのです(少なくとも、私の他に、あと二人は知っている)。
I think there are probably quite a few engineers in Japan who would be willing to do this (at least two more I know of).
もし、電子基準点を増やしたい等の計画があるなら、是非お声がけ下さい。
If you have plans to increase the number of electronic reference points, etc., please let me know.
I know that "Withdrawal" is a super advanced technology.
"技術"に留まらず、"哲学"である、とすら思っています。
I believe that it is not only a "technique" but also a "philosophy".
そのようなマインドを持っている私にとって、
For me, with that kind of mindset,
- NHK program "Kaitai Kingdom"
- NKS Special "The Road to Decommissioning."
は、手に汗握るスリルに満ちた貴重なコンテンツです。
are valuable contents full of thrills.
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我が国は、原爆被害、原発事故など、いわゆる「"核災害"先進国」です。
Japan is an advanced country in terms of nuclear disasters, including atomic bombings and nuclear accidents.
しかし、同時に、これらの不幸な災害は、我が国の"核"災害対策の技術を高めていると思います。
At the same time, however, I believe that these unfortunate disasters have enhanced our nation's "nuclear" disaster preparedness techniques.
私は、システム屋として、『事故を起こさないシステムなど、絶対的な意味において「ない」』という事実を知っています。
As a systems engineer, I know for a fact that 'there is no such thing as an accident-free system' in the absolute sense of the word.
ですから、これからも、世界中で、核の事故は続きます。
New "nuclear" accidents will continue to occur in the world.
This is because, as long as humanity has no prospect of giving up "nuclear" in the foreseeable future, nuclear accidents are bound to occur.
以下は、「原発事故発生"10億年に1回"とは、笑わせる」を図解したものです。
The following is an illustration of the "1 in a billion years" accident rate, which make me laugh.
米国(スリーマイル)、ソ連、あらためロシア(チェルノブイリ、改めチョルノービリ)、日本(福島)、と、これまで「大事故」と断定できるものは3回ありました。
There have been three major accidents in the United States (Three Mile), in Russia changed the Soviet Union(Chernobyl, and in Japan (Fukushima).
今度は、どこか?
"Where is the next?"
直感の域を出ませんが、国外であれば、我が国の近隣国がヤバい気がします。
It is just my imagination, I am concern that that our nearby countries will be in trouble.
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という訳で、解体や廃炉に特化した技術、さらには、それを日常生活から国家の政策にまで適用可能な、一般的思想(哲学)にまで高めた総合的な学問としての、
Therefore, not only as technologies for demolition and decommissioning a nuclear reactor, but also, as comprehensive study to be general thoughts (or philosophy) which apply for From everyday life to state policy, I will propose
『撤収学』
"Withdrawal Study"
の設立を提案したいと思います。
「XX大学工学部撤収学科」、とか、「XX大学経済学部撤収学科」、という称呼が一般的になって欲しいです。
I would like to see the term "XX University, Faculty of Engineering withdrawn" or "XX University, Faculty of Economics withdrawn" become more common.
『若手医師「100連勤・月200時間超の残業」で自殺』の件です。
The young doctor committed suicide after "working 100 consecutive hours and over 200 hours of overtime per month".
多くの人は、「自殺するくらいなら、医師を辞めればいいのに」と思われるかもしれませんが、それは違います。
Many may think, "Why don't you just quit being a doctor rather than commit suicide?" but they don't understand this issue.
そのくらいのことは、もちろん、頭の中では分かっているのです。
That much, of course, Anyone knows in their head.
ただ、精神的に追い込まれた状態の人にとっては、「医師を辞めた後」の事を考えること自体が、もう地獄のように辛いことなのです。
However, for those in a mentally driven state, thinking about "after quitting the doctor" is already hellishly painful.
『未来が見えない』ということは、本当に『死ぬより怖い』ことなのです。
To be 'unable to see the future' is scarier than death.
私なんか、並行して走っている3つの仕事の全部が行き詰まって「見えなくなる」だけで、"死"に逃げたくなるほどのチキンです。
For example, I am such a chicken that when I get stuck and "lose sight" of all three parallel jobs, I want to flee to my "death."
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多分、これは、本人の気質や経歴にも因ると思います。
Perhaps this is due to their temperament and background.
例えば、私、ティーンエイジャの頃、生徒会長などやって、ちやほやされていたころがありました(短い期間ですが)。
For example, as a teenager, I was the student body president and was pampered (for a short period).
加えて、私は、ちょっとばかし口が上手いので、トラブルなどもサクサクと収拾て、『もしかしたら、自分には能力あるんじゃね?』などという勘違いもしていました。
In addition, I was a bit of a smooth talker, so that I could get out of trouble quickly. So, I had the mistaken impression that maybe I was capable.
当然ですが、私より処理能力が高くて、優秀な人は、世の中にはゴマンといます。
Of course, there are many people out there who are better and more capable than I am.
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私が、ティーンエイジャのころに学び損ねたと思えることが、
Something I seem to have missed learning when I was a teenager,
(1)完全に失敗して、完膚なきまでに挫折すること
(1) To complete failure and setback.
(2)そして、恥も外聞もなく逃げ出すこと
(2) And to run away without any shame.
これらを、若いころに、ちゃんとやらなかった。
These were not done correctly when I was young.
つまり『白旗の上げ方を学ぶことができなかった』の一言に尽きます。
In other words, 'I never learned how to raise the white flag.
これは、いわゆる「エリート」あるいは「優秀」と言われてきた人に、多いのではないかと推認します。
I suspect this is often the case with those called "elite" or "excellent."
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今、私は、抑うつ状態ですが、『白旗の上げ方(逃げ方)』について、嫁さんと話しをしています。
I am currently in a state of depression, so I am talking to my wife about 'how to raise the white flag (how to escape).''
嫁さんからは、「どんな逃げ方をしてもいい」と言われています。
My wife has told me that I can escape any way I want.
そして、念のため、私の頭の中には、複数の逃げ方のシナリオがあります。
And just in case, I have multiple escape scenarios in my head.
ただ、これだけ準備して、なお、
However, the fear and bitterness of this disease lies in the fact that even after all this preparation, I still think
『逃げた後のことを考えなければならないなら、死んだ方がラクかな~』
"If I have to think about what happens after I escape, it would be easier to die"
と考えてしまうところに、この病気の恐しさ、苦しさがあります。