「お魚喰わえたどら猫、追いかけて、裸足でかけていく陽気なサザエさん」
は、その猫を捕捉し、お魚を奪還した後で、
「そのお魚を、再び食卓に載せるのであろうか?」
ということが気になっています。
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いくつか問題点が挙げられるのですが、まずは2つ程。
第一に個体の定型性の問題があります。
どら猫が喰わえている「お魚」は、食材としての形状を状態を維持できているのだろうか、という問題があります。
猫がお魚を喰わえながら、走っている状態での魚には、相当量の加速度が加えられていると思います。
ましてや、サザエさんはこの猫を追尾しているのですから、その加速度量は、「お魚」を加えている猫の口腔を中心に、相当のモーメント量がかかっていると考えるべきです。
次に衛生上の問題があります。
どら猫は、人間に飼育されておらず、または、屋外で自由に行動している状態と推認されます。
かかる、どら猫は雑食状態であり、屋外においては昆虫(ゴキブリを含む)や、雑草などを食していると解されます。
とすれば、その口腔の衛生状態は極めて劣悪で、そのようなどら猫から奪還したお魚を人間が食すれば、蟯虫や回虫、または食中毒の恐れも考えられます。
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さて、この状況を理解する為には、この「サザエさん」のテーマソングが放送された時代まで遡って考証する必要があります。
放映開始は1969年(昭和44年)、これは東京オリンピック後の5年後。日本経済の高度成長期であり、池田内閣の下で策定され、1960年から開始された「所得倍増計画」の完了期です。
お魚が、磯野家の生存を左右する食材であったとは考えられる時代ではなかったと判断して良いと思われます。
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以上より導かれる結論は、「サザエさんが、どら猫を追いかけた動機は、単なる感情的なものである(腹いせ)であると推認される」となります。
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―― と、まあ、長々とこのような、どーでも良い話を綴ってきた理由はですね、研究ネタなどは、世の中にゴロゴロ転がっている、ということなのですよ。
企業研究で、上記ような検討を発表したら「殴られる」と思いますが、小学校や中学校であれば、「研究の本質が分っている教師」は、このような研究であっても、正しく評価できるはずです。
ティーンの諸君。この夏、挑戦してみませんか。
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