先週の日曜日に、長女に、
「今日は、終日、クーラつけて、部屋に閉じ籠って仕事をするが、こっちの部屋で勉強するか?」と尋ねたところ、
「今日は、友達と湘南の海に遊びにいく」
と言われました。
間髪入れず、私は「でかした!」と叫んでいました。
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この私の血脈を継ぐ者の中から、
■あのサザンオールスターズがむやみに連呼する、
■「湘南」とか「江ノ島」なる名称の土地に、
■出向する者が登場した
ということは、
「我が家の誉れ」「鳶(とんび)が、鷹(たか)を生んだ」
―― といっても過言ではない、と。
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「それは『湘南海岸で海水浴』ということだな」と確認したら、
「うんにゃ、『湘南のプール』」
と返されて、ちょっと戸惑ってしまいました。
しかし、これは「賢い選択である」と、感心してしまいました。
まあ、知っている人は知っていると思いますが、「湘南」とか「江ノ島」の海というのは、ヘドロやゴミが浮遊し、はっきりいって「処理前の汚水の蓄積プール」のような様相を呈しています。
この海を見てしまった人のサザンの歌のイメージは、まず、この段階で大きく崩壊します。
そして、次のステップとして、彼等の頭の中では、「『仮想』海岸」が再構築されることになります。
(私も含めて)サザンの歌が、なぜ、あれほどの人に愛され続けるのか。
それは、この「『バーチャル』江ノ島海岸」が支えているのだ、と思っています。
ま、それはさておき。
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一応、娘には言っておきました。
「いいか、海岸で声をかけてくる男の脳の構造は『ミジンコ』以下だ。上手くあしらい、必要なら逃げろ」
「私なんかが、声かけられる訳ないじゃん」という娘に対して、
「関係ない」と私は決めつけました。
「奴等は『容姿』など見ない。対象を『性差』でしか判断できない。それくらい、絶望的に低能な生き物だ。『ミジンコ』だって、パートナーを選択する時に、ここまで乱暴な判断はしない」
―― とまあ、「ミジンコ男」だけでなく、娘の容姿までも、貶してしめてしまったかもしれない、と、ちょっと後悔しましたが。
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娘はすでに出かけてしまったようですが、もう少しアドバイスしたかったです。
万一、海岸で声をかけてくる男がいたら、この4つくらいの質問をしてみろ、と。
(1)「ねえ、『シーベルト』の単位の意味と致死量を教えてくれない?」
(2)「『マグニチュード』と『震度』の違いって何?」
(3)「今回の選挙ではどの政党を支持した? 論点は何? 原発存続? 消費税? 憲法改正? 経済政策?」
(4)「GPSの航行メッセージに含まれる、アルマナックとエフェメリスの違いを教えてくれない?」
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まあ、このうち2つ以上答えられる男であれば、
そんなに「構えなくてもいい」と、アドバイスしておきたかったです。