『"あの"統一教会』を検証して、老後を生き残る「戦略としての信仰」を考えてみた「お金に愛されないエンジニア」のための新行動論(6)の「江端の未公開オリジナル原稿」(2/12 ページ)

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[江端智一]

カルトとして、元・統一教会を事例として取り扱ってみた

今回は、カルトとして、元・統一教会を事例として取り扱ってみたいと思います。

『現・世界平和統一家庭連合』が、『元・統一教会』と完全に同一の団体であるかどうは、不明ですが、今回、私が調べた範囲では、この2つに決定的な違いはないように思いました。

『現・世界平和統一家庭連合』が、「元・統一教会の教義や活動内容を自己批判し、修正をした」、という話も見つけられませんでしたので、このコラムでは「統一教会」という名称で統一して取り扱うこととします。

また、このコラムでは、老後を生き残る「戦略としての信仰」を考えるものであるので、統一教会の活動内容の批判や非難は、目的としません。いつもの通り、エンジニアリングアプローチで、私が知り得た内容を淡々と記載していきます。



 統一教会とは、キリスト教の分派です。但し、カソリックもプロテスタントも、統一教会そのものを、キリスト教であるとは認めていないようです。それもそのはずです。統一教会の教義は、聖書の内容を『豪快に踏み躙る』内容になっているからです。

私は統一教会の教義のパラダイムを、新型コロナウイルス感染症で把握しました。以下、私の案出したパラダイムで説明をいたします。

旧約聖書には『失楽園』の話が登場します。ヘビに唆されたアダムとイヴが、神の禁を破って「善悪の知識の木」の実である「禁断の果実(リンゴ)」を食べ、最終的にエデンの園を追放されるというものです。人類最古のカップルが、神の命令に背くことで、そのカップルから生まれた子孫である全人類がその罪(原罪)を負わされるという、非常に理不尽な話です。

『それがどうした?』と思われるかもしれません ―― 正直、私もそう思います。面識もない先祖が、何をやろうと知ったことか、と、私も思います。

この失楽園の話は、不当な裁判の結果、イエス・キリストがゴルゴダの丘で十字架にかけられ、全人類の原罪の罪を代行することによって、人類は、この原罪が許される、というストーリーにつながって完結します。

私にはよく分かりませんが、これがイエス・キリストを信仰する非常に重要な意義になっているようです ―― 私には、ただのマッチポンプにしか思えませんが ―― とにかく、キリスト教にとって、この"原罪"の話は、むちゃくちゃ重要な話なのです。

アダムとイヴのやらかした「リンゴ食」によって、私たちは生まれながらに、"原罪"というウイルスに感染して生まれてくるのです(という話になっています)。/

私は、2000年前のゴルゴダの丘の処刑によって、ウイルス(原罪)が、天然痘と同じように、完全撲滅が完了したと思っていたのですが、その理解は間違っていました。つまり、「イエス・キリスト製ワクチンの接種(=キリスト教への信仰)」を実施しないと、ウイルス(原罪)で、人間はいつまでも苦しみ続ける、ということになっています ―― 面倒な話です