与えられた任務を終了したので、スタッフの方に挨拶をして兵庫福祉センタを後にし ました。私は再びJR住吉駅までの6kmを歩き始めました。倒壊家屋が歩道を封鎖し ているので、自動車に注意しながら車道を歩かねばならないところもありました。
道中、「コーヒー一杯100円」を掲げて、お店の外にコーヒーサーバを出して提供 している喫茶店や、半壊しながらも営業を続けている食料品店やラーメン屋など、その 心意気を頼もしく感じたものでした。
歩道を歩いていても、酷いところではアスファルトが裂け縦横無尽の地割れが走って
いるので、とても危険です。私はなるべく足元が明るい内に駅に到着しようと思い、近
道を歩いていたつもりでしたが、何しろ「太陽と逆の方向が東だ。」と言うくらいのい
い加減な方向を歩いていたので、やはり迷ってしまいました。
今にも落ちて来そうな橋の下を潜り、土が露出して滑落している階段の歩ける部分を
たどり、私は歩き続けていました。こんなところでも「通行禁止」の貼り紙すらありま
せん。危険か否かの判断は、自分自身で行わねばならないようです。
そして、私が坂を降りて街の一角に迷いこんでしまった時、私は目の前の風景に、茫
然として声もなく立ち止まってしまいました。
−−−全滅
(そうか、これが全滅と言うことなのか。全滅とはこういうことなのか。)
民家は全て原形を留めず倒壊。アパートの階段は途中から切り離され、自動車の車体 の上に落下し、屋根が見えなくなっています。剥き出しになった水道管は引き千切られ 切り口が生々しく残っています。ブロックの塀が道路側に倒れこんで四散して道路全体 に広がっています。倒れかかったアパートは玄関の扉が弾け飛び、ななめになった家屋 の玄関から居間の窓を通じて、夕焼けの空が見えました。電柱は幾重にも折れ、引き ちぎられた電線が足元に落ちていました。壁の崩れ落ちた家屋は、部屋の中が丸見え となり、家具や食器の瓦礫の中で、壁に貼ってあるカレンダーだけが無事でした。土 手のコンクリートブロックは崩れ落ち土が露出し、またいつ崩落してきても不思議で ない形のまま停止していました。
かろうじて通ることのできるように残骸が取り除かれた一本の道の両側の家屋に貼ら
れているはり紙には、連絡先と名前と『明子は死亡しました。』とだけ記入されていま
した。
人は一人もいませんでした。
風も吹かず、何も動きません。
廃墟となった街は、時間が流れることなく、一枚の写真の様に停止したままでした。
視界内の風景の中には、廃墟となった街と夕焼けの空しか見えませんでした。
登山リュックを背負ったまま、誰もいない街の中で、一人で茫然として立ちすくむだ けの私でした。