クリスマスイブ



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クリスマスイブ

24日の日、私はいつものように研究室に出かけて、いつもより早い夜の7時頃に大 学を出ました。大学の正門までバイクを引いて、門を出たところでキックでエンジン をかけます。混んでいる今出川通りを避け、裏道を通って鴨川沿いを北上して行きま す。

通り道にあるコンビニエンスストアやレストランはクリスマス商戦で、綺麗なライト や蛍光色の様々な装飾品で飾られています。交差店でバイクを止めると、クリスマス ソングが遠くに聞こえてきます。さらに直進して修学院、花園橋を越えると岩倉の街 に入ります。八幡前を越えると、店はなくなり民家だけになります。大きく道が西に 曲がる所にある酒屋に入ります。色々物色してから、一本だけワインを買いました。

右に折れ曲がって、さらに北に向かいます。ここからは少し坂になっていて、道も狭 くなっているので、注意しながらスロットルを開きます。リアが浮かび上がりそうに なるのを力で押さえてそのまま登っていくと、広大な畑に出て右手には比叡山が堂々 たる姿を見せます。夜なので稜線がはっきりとしませんが、黒い大きな影の中央にケー ブル車の線路についている電灯の光がぽつぽつと山頂までつながっているのが見えま す。

三叉路の卒塔婆の立っている道祖神の前を通って右折すると、車一台でも通るのが難 しい細い道になります。左は石垣、右は2メートル位下に小さい川と畑。半年に一度 は車がこの畑に転落します。そして、一気に坂を上り詰めヘルメットのフェイスマス クを上げて見上げると、その道路の突き当たりの石垣のある古いアパートの2階、左 から2番目の部屋の窓には、明かりが点いていました。

私が、鍵がかかったままのドアの前に立ち「入るよ。」と言ってから、鍵を取り出し てドアを開けました。部屋に入ると石油ストーブがついている暖かい部屋の中で、こ たつに入ったままで壁にもたれかかって彼女が文庫本を読んでいました。そして、ゆっ くりと眼鏡を外して、私の方を振り向いて「お帰りなさい。」と応えました。

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ここ数日の目が回るような慌ただしさの中で、何の準備もしていなかったので、私は 外出するつもりでいました。しかし彼女の方は外に行きたくない様子でしたので、と りあえず私は有り合わせのもので簡単に料理をして、一緒に夕食を食べました。

それでも、彼女の作ってきたクリスマスケーキを食べる時には、電気を消して、ケー キのろうそくに火をつけました。

私のアパートは何もない安アパート6畳の一室でしたが、高台にあるので岩倉の街を 一望することができました。そんなに豪華な夜景ではありませんでしたが、彼女を窓 の方に呼び寄せ暗い部屋の中で、しばらく二人で街の風景を見ていました。

こたつに戻って、ケーキを切ってワインの封を開けました。そして2つのワイングラ スにワインを注ぎ、ワイングラスを持ち上げて、二人で妹君の冥福を祈って杯をかわ しました。彼女も、同じようにグラスを掲げてから、一緒にグラスを口にしました。

そして、しばらくの沈黙の後、私は彼女に語りかけました。

 

再び沈黙が続き、ろうそくの炎の向こう側をただ見つめ続けていました。

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Tomoichi Ebata
Sun Feb 4 19:02:12 JST 1996