先日、東京都議会選挙の期日前投票を行ってきました。
投票日の日、別の用があって某所にカンズメにならなければならなかったからです。
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さすがに、この歳になってくると、選挙というのは「どこかの偉い人がやってくれる」という意識は無くなってきます。
結構、必死です。
死活問題ですから。
この絶望的な財源と、将来のビジョンが全く見えないこの国の状況から、いかに自分の人生「だけ」を守り抜くか。
そして、その為に、どの政党のどの人物に投票すると、自分(江端)の利権を守り通してくれるか。
「私が死んだ後の日本のことなど知ったことか」という、ドロドロの野心に基づき、少くとも、ここ10年、私は、投票を棄権したことはありません。
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逆に、どの候補者にも魅力を感じない人は、それを積極的に表明する手段として「白票投票」があります。
そのココロは「オメーらの言っていることは、分からんし、信じられん」という、積極的な全候補者の否定です。
「投票率95%、有効投票5%」なんて数字が出たら、これは、もう、相当に愉快ですよ。その選挙区の立候補者全員を、名指しで日本中の笑い者にできます。
まあ、それはさておき。
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一応投票所に行く前に、私も一通りの準備をするのですが、今回は「陽」な争点が見えなかったので、形式的に判断することにしました。
公約数の少ない人を優先的に扱う。
もっと単純に言えば、『「子供」と「老人」を両方守る』という公約をしている立候補者には、
巨大な「×」を打ちました。
うち(我が国)に、どっちも守れるほど余裕があるか。馬鹿者。
何かを切り捨てること、そのものが、政治だ。
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今回は「子供を守る」だけを前面に出した立候補者に投票しました。
そして、7つも公約を書きやがった候補者は、黒ペンで塗り潰してやりました。
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要介護認定を受けている両親を見続け、そのフロントに立っている私には、ある一つの高齢者問題のソリューションがあります。
それは、現時点において、到底口に出していえるような解決方法ではなく、いつまでも内心に留めておくべきものであり、そして、他人に強要するものでもありません。
しかし、我々は、誰一人として例外なく、その問題と対峙する時がくる。
我々は法治国家に属する人間ではあるけど、自らの生き方について、その法を越えても良い場合がある、と思っています。
だって、「ライセンス」ごときが法を越えれるんですから。
ま、その話題はさておき。
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選挙カーは言うまでもなく、街頭演説についても、「下手だなぁ」と思う。
主張点を絞ってしゃべって欲しい。
私は、選挙カーが、私の家の前を通る間に、7つの公約を全部しゃべり切ったのを見て、感心すると同時に、「こいつだけは絶対投票すまい」と決意しました。
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私なら、「高齢者福祉に注力する」という趣旨であれば、
■「老人の江端、老人の江端、老人の江端を、よろしくお願いします」
と連呼すると思うし、
「教育問題に注力する」という趣旨なら、
■「子供の江端、子供の江端、子供の江端を、よろしくお願いします」
と連呼する。
街頭演説なども見ていると、冗談でなく、「このコラム読んで、出なおしてこいや」と、言いたくなります。