第二章 披露宴



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第二章 披露宴

同志社大学を後にした我々は、披露宴まで間があったので、喫茶店でコーヒー をすすりながら時間を潰した。

喫茶店を出て市森氏と別れ、徒歩で披露宴会場である新島会館に向かった。

新島会館の中に入ると、江端が得意満面に親類(?)に何やら話しかけている。 受付で坪井・牧両氏に続いて御祝儀を渡す。御祝儀を渡すにあたって、私には 多少のためらいがあった。袋に書いた自分の名前が汚いのだ。前日に練習し、 一番マシに書けた物を持参した(それまで3枚ボツにした)のだが、それでも 結構汚い。

なにしろ、筆を持つのは小学校の習字の時間以来のことだ。20年近くボール ペンやらシャーペンやらの先の硬い筆記用具しか使用していないので、筆ペン でまともな字が書けない。

受付で記帳した自分の名前も、やっぱり汚かった。

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会場入口で江端と新婦、そしてそれぞれの御両親が招待客を迎えていた。

一応挨拶をして入ろうとすると、江端が私を見つけてヒャハハと笑う。 笑ってんじゃねえ! と思いつつ入場する。

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私は坪井・牧両氏と共に席に着いた。同席したのは主に江端の大学時代の後輩 らしい。

この中に、かつて江端に飛び蹴りを食らわせて骨折させた人物はいるのだろう か?

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司会者が披露宴の開始を告げる。

と頭を下げた時、マイクに頭をぶつけてしまい、会場全体に

「ボコッ」

という音が響いた。

ボケのタイミングを心得ている人物とみた。

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やがて新郎・新婦が入場してきた。

司会者が二人の生い立ちを簡単に説明する。だが、言うまでもなく、江端の 過去の恥部は跡形も無く隠蔽されていた。

私としては、懸命に勉強して大学院まで卒業し、一流といわれる企業に就職 したものの、その結実がサンマとサバの識別でしかない、という人生の不条理 を哀歌(エレジー)として謳いあげて欲しかったのだが。

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新郎・新婦の親戚や勤務先の上司によるスピーチが始まった。

この場面でのクライマックスは、何といっても新郎の親戚によるスピーチにお ける、新郎の表情であろう。

新郎の御親戚であられる〇〇様より、お言葉を頂戴致します、というアナウン スを受け、一人の中年男性がツカツカとマイクに近づく。

その様子を鋭い眼で睨みつける新郎・江端。

江端が、彼の父方の親戚と犬猿の仲であることを江端本人より知らされていた 私は、江端の表情から「あ、この人は仲の悪い方の親戚だな」と直感したのみ ならず、それを口に出してしまった。

私の向かいの席に座っていた江端の後輩が、それを聞いて笑った。 牧氏が笑いながらも「そんなこと言っちゃ駄目ですよ」と私を制する。

親戚の方がしゃべり始めた。

親戚に対し、下から上への舐める様な視線でガンを飛ばす新郎。

親戚でしかない割には、やたらに夫婦間の事に踏み込んでくるなあ、と思われ る台詞がポンポン出てくる。

それらの台詞を聞いて、江端の口元が歪む。だが、眼は決して笑っていない。 ・・・・・恐い。

その夜宿泊した宿で、市森・牧・坪井氏と四人で語ったところ、愛知県には もともと親類との人間関係がうっとおしいという文化がある、と教えられた。 そういえば、名古屋出身の作家・清水義範の作品に、愛知県(名古屋?)には プライバシーという概念がない、と書かれていたのを思い出した。

愛知県出身でなくて本当に良かった、と私は思う。

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親戚や勤務先の上司によるスピーチが終わり、御歓談の時間となった。 私は江端のところに行き、話しかけた。

「さっきの親戚の人さあ、仲の悪い方の親戚だろ?」

結論から言えば、勘は当たっていた。

しかし、わざわざ本人のところまで出かけて、自分の直感を検証する自分も 自分だ、と思う。

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歓談の最中に酒が運ばれてきた。シャンペン、ワイン、ビール・・・だが、 日本酒を見た途端、私の血圧は上昇した。

日本盛。しかも、ぬる燗である。

私は再び江端のところに行き、話しかけた。

「江端、これは何だ?」
「これって、飲めるのか?」
「俺に日本盛を出すとは、いい度胸だな」

江端が選んだわけでもないのに、ちょっと自分の気に入らない酒が供された位 のことで、わざわざ江端に苦情を言いに行く自分も自分だ、と思う。

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新郎・新婦の友人によるスピーチが始まった。

私と牧氏は、スピーチしてくれないか、と打診されていたのだが、私は人前で 話をするのが苦手なので断っていた。牧氏も多分同じ理由だろうが、やはり断 っていた。

そんな訳で、坪井MLを代表してML長(*1)自らが熱弁をふるうことになった。 しかし、坪井氏はスピーチの内容をまったく考えていなかったのである。

他人のスピーチを聞きながら、話す内容を考える坪井氏。 私と牧氏に向かって、「現在、完成度35%gif」などと進捗状況を自己申告している。 ややあって、再び進捗状況を自己申告した。

「完成度20%」

・・・下がってどうする。

いよいよ坪井氏の出番である。

彼はマイクの前に立ち、ためらうことなく、開口一番こう言い放った。

「えー、我々の間では新婦のことを『奈良』と呼んでおりまして・・・」

私と牧氏は、遂に言ってしまったか・・・と思ったが、もう遅い。

その時、新婦の顔が一瞬ムッとしたように見えたのは気のせいだろうか。 私は心の中で、『我々』の中には私は入ってませんからね、と叫んでいた。

事実は、私こそが『奈良』と呼んだ回数が最も多い、いわば主犯格といっても 過言ではないのであるが。

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スピーチも一通り終わって、新郎・新婦によるキャンドルサービスとなった。 スポットライトを浴びた新郎・新婦が各テーブルのキャンドルに火を灯して いく。

新郎・新婦が他のテーブルのキャンドルに点火している間、私は牧氏に言った。

「キャンドルの芯に水をかけてさ、なかなか火がつかないように悪戯したら面 白いだろうなあ」

例によって牧氏は笑いながらも「またそんな酷いことを言う」と私をたしなめ た。それを受けて同席していた江端の後輩が

「キャンドルに切れ目を入れて、ポトリと落ちるよう、細工するのもいい」

と発言した。

なかなか良いアイデアだ、と思っていると、呆れたことに私の向かいに座って いた江端の後輩が、実際にキャンドルの芯にビールだかシャンペンだかをかけ 始めた!

新郎・新婦が我々の座っているテーブルにやってきた。

手に持ったキャンドルを我々のテーブル上のキャンドルに近づけてゆく。 緊張の一瞬。

無事キャンドルに火は灯るのか!?

息を飲んで芯先を見つめる私。

一秒、二秒・・・・・うわああああーと叫び出したくなった途端、ブスブスと 音をたててキャンドルに火がついた。

あーよかった・・・。

新郎・新婦が挨拶をして隣のテーブルに向かった。よもやこんな酷い悪戯が行 われていたとは江端は知るまい、と思いつつ私はその後ろ姿を見守った。

再び視線をテーブル上のキャンドルに向けると、先程キャンドルの芯を濡らす 悪戯をした後輩が、赤々と燃えている炎に向けて息を吹きかけて消そうと試み ているではないか!

結局、炎は揺れはしたものの、消えはしなかった。

つくづく江端という男は、後輩に恵まれている、としか言いようがない。

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フィナーレは新郎・新婦および各々の御両親の挨拶。

まずは代表として新郎の父君がスピーチを始める。

型通りの挨拶に続き、新郎について語り始めた。

「智一はまだ未熟者で、常識が全然ありません!」

身内を卑下するのが日本社会の風習とはいえ、30にもなった男をつかまえて まるっきり社会常識が欠落しているかのように言うのは、いかがなものか、と 思っていると、引き続き次の様に語った。

「智一は私に似て、ハッキリ言って、馬鹿です!!」

会場は笑いに包まれた。

苦笑する新郎。

「しかし、幸いにも、智一に母親の血が半分入っている、とするならば」

するならば、って仮定してどーする・・・。
 

新郎が最後に挨拶する。

相変わらず役者魂を発揮しており、我々が普段は決して目にすることのない、 凛々しく、理知的で、決断力に富み、寛容な心と冷静な判断力に溢れた、 ヴァーチャル江端の姿がそこにはあった。 (完)

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追記:

第三章 2次会 に続く・・・つもりだったのだが、イマイチ面白い話がない のと、何よりも書くのに疲れちゃいました。

最後に、本文章を締めくくるのにふさわしいかどうか不明なエピソードを。

披露宴の翌日、私は市森・牧 両氏と共に京都を観光したのだったが、銀閣寺 を訪れた際、我々は40代くらいの中年ゲイ・カップルを間近に見た。 幸せそうに寄り添う二人を見つつ、人生色々、と感じた京都の旅であった。

# 筆者に無断で本文章の引用・転載を禁ず。 (C) 1996 Erukan

  



Tomoichi Ebata
Wed Apr 17 13:29:08 JST 1996