独身時代の終え方



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独身時代の終え方

長年のアタックの末にようやく彼女を説得し、この春、ようやく結婚する事に なった私は、この「婚約の約束」を、電子メールのメーリングリストで大々的に 発表しました。

その後、多くの人から『おめでとうメール』を頂き、大変幸せな気持ちになっ ていたのですが、その中に、私の過去の振る舞いを詳細に知る大学時代の後輩か ら、一通のメールが舞い込んできました。

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私は大学時代、歩行ロボットの研究に明け暮れる真摯な学究の徒として、ゼミ の学生達の見本であり、恋愛などには目も暮れず、昼夜を徹してコンピュータの シミュレーションと、ファジィ推論エンジン付き模型自動車の製作に取りかかっ ていました。

と、常に後輩に申し渡していました。

大学院に在籍していた時などは、同志社大学機器研究室の暴君として、「クリ スマスイブ外出禁止令」を公布し、『これを守らなかった者は、卒論のサポート は一切受けられないものと思え。』と悪辣な強迫を行っていました。

 

これが「機器研究室の独身の誓い」として、石原好之教授立会いの元で正式に 承認され、それから8年の長きに渡り、事ある毎に語り継がれた、同大機器研の 有名な伝説の一つなのです。

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この後、私は「機器研独身主義者同盟」を結成。

後輩の、木原祐子嬢を唯一のメンバーとして、OB会がある度に、
『やい!木原!!お前、男に走っちゃいないだろうな!!』
『江端さんこそ、女性と同棲したりなんかしていないでしょうね。』
とお互い牽制しあっていました。

つまり、私にはそういう過去の経緯があった訳です。

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同志社大学機器研究室の後輩、今井田佳子@松下電器 さんからのリプライメ ール。

題名:congratulation
Date: Mon, 11 Sep 95 18:45:59 JST
From: imaida@avrl.mei.co.jp ( Keiko Imaida )
To: GBC01663@niftyserve.or.jp

今井田です。
本当に御無沙汰してしまっていてすみませんでした。

し、しかし 江端さん!
どういうことですか!
あれだけ、独身主義を語り、
木原や原田先生の結婚にも捨てゼリフをはいていた人が!

どうして?
何年も前から行動していたとか。
一体どういうことなんですかぁ。

んで、お式はいつ?
お相手はどなたなんですか?
この前皆と話してたんですが、
名古屋/京都/奈良と候補がいっぱいあってわかりませんでした。

全くもう。
これだから信じられないんだよなぁ。

「男なんて、結婚なんて煩わしいことが増えるだけ」
、と思っている私でも早く相手が欲しいと思えるような
納得のいく説明をしてください。

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に対する、江端のリプライ。

imaida = "今井田 佳子@松下電器"
ebata = "江端 智一@日立製作所"

imaida>し、しかし 江端さん!
imaida>どういうことですか!
imaida>あれだけ、独身主義を語り、
imaida>木原や原田先生 gif の結婚にも捨てゼリフをはいていた人が!

うむ、木原嬢が結婚するとの知らせを受けた時は、信じていた同志に裏切られ たような気持ちになってものです。確かに年賀状に妙なことが書いてあるなあ、 とは思っていたけど・・・・。

『私、もうすぐ『嘘つき』になります!!』

こうして思い返せば、木原嬢は、『嘘つき』の汚名を被り、私や今井田さんに 後ろ指差されて詰られようとも、「結婚」を選んだわけです。

彼女が結婚という制度に屈したか、「愛」という名の虚構に溺れたか、今とな っては、確認する手段はありません。   しかし、いずれにしても、そのような木原嬢のことを、「志の低い、見下げた 友人」、などと死んでも思ってはいけないのですよ。

分かりますね。今井田さん。

原田先生に関しては、「教え子」と結婚されるとのこと。

私は原田先生の高い御人徳、気立てのよさ、どれをとっても尊敬に足る方だと 信じていますし、同大機器研最後の良心の砦であると信じています。

であるからして、原田先生が、たとえ掟破りの「教え子」との結婚と言う、人 の道をいささかたりとも外れた振る舞いをされたとしても、はたまた、「教師」 という大義名分の名の元で暗躍されたとしても、しかも、彼女の実家gifで毎週 定期的なデートを、それもバイト代付きで実施するという非常に恵まれた環境下 でお付き合いを繰り返されたとしても、それを「うらやましい」とか「妬ましい 」とか、いわんや「ずるい」などとは、決して思ってはいけないのですよ。 

分かりますね。今井田さん。

imaida>どうして?
imaida>何年も前から行動していたとか。

何年も前と言うことはありません。わずか、2年4ヶ月という、壮大な宇宙の 年月に比べれば、芥に等しい一瞬の時間の、取るに足らない期間のささいな出来 事に過ぎません。

半年に1回ずつ会ってデートしていた10年間(その内3年くらい会わなかっ た時期もあった)が、最近の2年では3ヶ月に1回会うという画期的な進歩を遂 げ、最近は一月に1回も会うという進展ぶりです。

imaida>一体どういうことなんですかぁ。

質問内容が明示的に定義されていないため、解答が困難なのですが、文脈から 「独身主義を主張していたお前が、どう言った経緯でこうなったのか、明確に述 べよ。」と言う意味ですね。

imaida>んで、お式はいつ?

来年の3月〜5月くらいまでには、是非とも結婚したいものです。

imaida>お相手はどなたなんですか?

女性です。

などと、しゃべると後で剃刀メールが飛んで来そうなので、きちんと述べまし ょう。19歳の時に、アルバイト先のパソコンショップで知り合った同じ年齢の 娘です。同志社女子大英文科を卒業して、今は銀行員をしています。

imaida>この前皆と話してたんですが、
imaida>名古屋/京都/奈良と候補がいっぱいあってわかりませんでした。

そんなことは、集まった時まで話さないように。まるで私が、女性にだらしの ない男のように聞こえるではありませんか。私は同時に複数の女性とお付き合い ができるほど、器用ではありません。

そう言うのにも、あこがれないこともないですが。

彼女は、ご両親と一緒に奈良の学園前駅の近くに住んでいます。

imaida>「男なんて、結婚なんて煩わしいことが増えるだけ」
imaida>、と思っている私でも早く相手が欲しいと思えるような
imaida>納得のいく説明をしてください。

結局のところ、私は私を愛してくれる人ではなく、私が愛した人を選びました 。これは単に「幸せ」を目指すことを目的としたこと、だけではないように、私 には思えます。

「男なんて、結婚なんて煩わしいことが増えるだけ」と看破している今井田さ んは、多分正しい。私もそう思う。

結婚にどれほどの意味が在るんだろう、と考えてしまうこともあります。

「幸せ」と言う観点から言えば、卒論間際に機器研究室の皆で、パソコンの横 にお好み焼き置いて、それを食べながら、皆でキーボードを叩きながら笑ってい た、あの頃の幸せにかなうような幸せには、出会った記憶がありません。

彼女と二人っきりで一緒に過ごす日々でさえ、決してかなわない、まばゆいば かり幸せがあったように思えるのです。

それでは、一体何の為の結婚?、と考えた場合、「人生の増設ディスク gif」 のようなものじゃないかなあ、とぼんやり思っています。

誰もが自分の生きて来た人生を、いとおしく、とても大切に思っている、と私 は信じています。

私達は、自分の人生という一つのディスクを持って生まれて来ました。そして 大切にメンテナンスgif して、プログラムを書き込んで、時々は増設して、ある 時は誤ってデータを消去したりもました。クラッシュして茫然とした日々もあり ましたが、他の人から色々なリソースgif を貰って、何度も何度も立ち上げ直して来たのです。

人生は、本当に「ハードディスクgif」の様です。

結婚とは、決して、このディスクを全面的に書き換えることではありま せん。どのようなことがあろうと、誰もが自分の人生を否定する事はできないの ですから。

ですから、もう一つディスクを買って来て、そこに二人の新しいリソースを、 書いたり読んだりするのです。パートナーのディスクのリソースを勝手に読み出 すことはルール違反だと思いますが、自分のディスクから必要なリソースをコピ ーして二人の為に役にたたせるのはいいことだと思います。

そして、このディスクをパートナーと「共有」するのです。

自分のディスクでありながら同時にパートナーのものでもある、そういうNFS gif で繋がった「増設ディスク」を、いつまでもいつまでもパートナーと一緒に 大切にメンテナンスしていく事こそが、まさに結婚ではないかなあ・・・・

と、仕事中に、通信エージェントのプログラムを書きながら、ぼーっと考えて いる私です。

パートナーと共に、自分の人生の共有すること。それと同時に、自分の人生の 「深さ」と「広さ」をリセットすること。こうして広がって行く人生が、私と パートナーを、今よりさらに楽しく幸せにしてくれるだろうと信じています。

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私は今まで自分の信じる事を好きなようにやってきましたが、顧みれば、それ らの行いの幾つかは、かなり多くの人々を傷つけて来たように思えるのです。

彼女は、そういう私の振る舞いに一種のスタンダード gif を与えてくれるのではないかなあ、と思っています。

私の方は、彼女に、彼女の知らなかった世界の在り方のいくつかを、見せて上 げることができるような気がしています。

私は、一人でなければできないことを、ほぼ自分に満足できる程度には行うこ とができたと思います。「ここに、もうひとり加われば・・・・。」と言うバリ エーションは、これから先の何十年かの人生に、様々な実施項目を付け加えてく れる事でしょう。その項目の中には、恐るべき量の「煩わしい」項目があると思 いますが、いつの日か、「煩わしさを楽しむ」と言うくらいの度量の人間になり 、『人生なんて、楽ちん楽ちん。渡る世間は甘かった!』と、笑いたいのです。

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imaida>「男なんて、結婚なんて煩わしいことが増えるだけ」
imaida>、と思っている私でも早く相手が欲しいと思えるような
と言う視点に重きを置き、「愛の永久機関」江端から若干のアドバイスをさせ ていただきます。

取り敢えず、誰か愛せる人に出会えて一生を暮らして行きたいと、一瞬でも 「勘違い」できるような素敵な男性に出会えることが、最適解です。

ですが、そんなことは、まま、あるものではありません。

いや、はっきり言うのであれば、「ありません。」

『いつか良い人に出会えるよ。』と言う根拠の全くない友人の言葉や、本当は どうでもいいと思っている親類の台詞を、まともに信用してはいけません。

と、私はいつでも言いたかった・・・。

本当に心配している人の言葉は、私達にとって非常に不愉快に聞こえるはずな のです。だから両親の『早く嫁に行け!』と言う言葉は、あんなにも不愉快なの です。「ある」か「ない」か判らない出会い、しかも「ある」ことが、天文学的 時間の果てに見出せる可能性であるなら、それは「ない」のと同じ、と言えるで しょう。

と言う訳で、私は「幸せは歩いて来ない。歩いて行っても多分ない。」と主張 させていただきます。

次善の手段としては、「自己暗示」です。

『私はあの人がとても好きだ、とても好きだ、とても好きだ、とても好きだ・ ・・・』と唱えているうちに、本当にそんな気になって来ます。これを毎日寝る 前に100回づつ心の中で唱えてから、眠るようにしましょう。

私の場合は、彼女が全然私の方を振り向いてくれなかったので、こうして自分 を鍛えて長期戦を闘い抜きました(本当)。何度、踏みつけにされ無視されても 、その都度立ち上がった私の精神力は、この自己暗示にあったものだと確信して おります。

最後の策としては、独身時代の実施項目を完全に達成してしまう事です。

旅行、仕事、趣味、不倫など、可能な限り一人でやれることはやり終えてしま うのです。半端はいけませんし、友達と一緒に行動してもいけません。たった一 人で、かつ徹底的にやることが必要です。

やりましょう。

これだけの事をやり遂げた後には、ほぼ確実に、底無し沼のような「虚無」が 襲って来るでしょう。この虚無感から逃れるために、今井田さんの精神に必ず何 だかの「イベント駆動」が発生します。この時が、チャンスです。

ふっと心弱くなった今井田さんが、世間で根拠なく定義され強制され、その批 判を全くゆるされない体制である「結婚」に流れるのに、それほど時間はかから ないでしょう。

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しかし、私の希望としては、木原嬢のようにでもなく、原田先生のようにでもなく、 志高く孤高に、嵐の吹き荒れる海岸の崖っぷちで、気高く立ちつづける今井田さんが 好きです。

安易な男と安易な結婚をするのだけは、どうかやめて下さい。

わかっていらっしゃるとは思いますが、私のような完璧に近い男を得るのは、 如何に今井田さんと言えども、残念ながらその可能性は皆無に等しいと思います。

私の幻像を追うのは止め、現実をしっかり見据え、世間にはびこるどうでもい い男達の中から、比較的ましな奴を選ぶしかないのです。

大変残念なことですが、若干の妥協は必要なのです。

『私のクローンがいたら・・』、と、時々世の多くの女性の為を思い、暗い部 屋の中で、枕を涙で濡らすのはこんな時です。

では最後に、 自分の気持ちに、いつでも素直で正直に生きている今井田嬢に、「愛の永久機 関」江端が、電子の世界からエールを贈ります。

闘え今井田!

頑張れ今井田!! 

理想を男を追い求め、

「結婚幻想」に躍らされる大衆を鼻で笑い飛ばし、

「幸せ信仰」に侵された不毛な大地に孤高に毅然と立つ、

真の「愛の戦士」たれ!!

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と言う訳で、また皆で集まったら、この続きを話してあげましょう。

また、私の結婚前に、『思い出に一度デートを』と言うのであれば、他ならぬ 今井田さんのことです。デートする事に、なんだ「やぶさかでない」事を明言し ておきます。

imaida>ホント おめでとうございます。

ありがとうございます。
 

(本文章は、全文を掲載し、内容を一切変更せず、著者を明記する限りにおい て、日立グループ、及び同社社員を除く、すべての組織、個人に転載して頂いて 構いません。ただし、原田@同志社大学さん、木原@IBMさん、石原@同志社 大学教授、明渡@松下電工さんの転載許可は取っておりません。後で原田先生に 叱られても、木原嬢に怒られても著者は責任を負いかねます。)





Tomoichi Ebata
Wed Apr 17 13:29:08 JST 1996

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この作品は、










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