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2012-08-24 地球にやさしくして貰った記憶

環境問題、というのが良く理解できておりません。

「地球にやさしく」と言いますが、私は「地球にやさしくして貰った」の記憶がないので、どうも、このフレーズでは、モチベーションが働きにくいです。

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ところで、話は変わりますが、

故小松左京先生の「さよならジュピター」(○SF小説、×映画)の中で、宇宙開発に対して、批判的な彼女と、開発前線にいる主人公の会話が出てきます。

この本は「木星太陽化計画」という木星をぶっ壊して太陽にするという、太陽系秩序の破壊を前提とする計画の話から始まります。

このカップルの価値観は当然に対立し、

○「あるべき宇宙をあるべきままに維持すべき」という彼女に対して、

○宇宙という虚無の中にあっては「秩序そのものが価値」であり、それを資源を活用することが、「知性」が宇宙に在る理由である、と主人公は言います。

エントローピーの法則に因れば、どんな秩序であれ、いずれは崩壊します。

ここで言う「秩序」というのは、体育の授業でいう「前にならえ!」のことではなくて、ピラミッドのような構造物のようなものをイメージして下さい。

エントロピーの法則における、「エントロピーが増大する」とは、ミラミッドは、これまで4000年かけてボロボロになっており、そして、何れは砂漠の中に消えてなくなる運命にある、ということを言います。

つまり、間違っても砂漠の中から、ほっとけばピラミッドが自然に再生されることはないということです。

宇宙も長い時間の果てには、全ての物質が原子のレベルで崩壊して、全く何も動かなくなる「熱量死」の状態に至る、と考えられています。

「さよならジュピター」の主人公は、そのことに対して、

『宇宙に手を出しても、出さなくても、どっちも同じ結果になるなら、手を出して楽しんだ方がいいじゃん』と言っている訳です。

(あの世で、小松左京先生に、殴られそうなフレーズですが)

これはなかなか難しい哲学的命題です(が、今日はこれ以上は止めておきます)。

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「地球にやさしくする」という行為は別に構わないと思います。しかし、それによるリターンは何でしょうか。

現在、私が、もっとも理解しやすい有力な理由は、

『自然が持つ自己修復性を超えて自然環境にダメージを与えると、自然からの恩恵が得られなくなってしまうから』

という理由づけです。

つまり、「卵を食べ続けるために、卵を生むニワトリはギリギリ生かしておく」という、「生かさず、殺さず」で、「私達は美味しく卵をいただこう」という、人間様中心の唯我独尊の思想です。

# 「全ての生命は等しく平等である」の理論は、当初から却下しています。

しかし、長期的ビジョンでは、地球という系もいずれは崩壊する訳でして、まあ、この「環境問題の対策」というのは、地球リソースの延命処理、となりますが。

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「環境問題」の解釈は、これで足りると思いますが、ちょっと違和感があります。

それは、人類がこれまで、リソース負担の押し付け合い(水争いとか、漁業水域問題とか)をしてきた過去の歴史と、一致しないのです。

「どこからの誰かが、なんとかしてくれる」という、無責任な体質こそが、人類の一般的属性でした。

ところが、「環境問題」という観念においては責任回避を回避する方向に動いている(様に見える)

この今の状況は、私には少々気持ち悪い、というか正直にいうと「怖い」。

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―― という話を、後輩にしたところ、以下のように教えて貰いました。

江端さんは、「環境問題」を「系(システム)」や「効果」や「利害関係」から把握するから、そういう違和感が発生するのです。

「環境問題」とは、つまるところ「宗教」です。

現段階において、世界でもっとも信者の多く、分かりやすく簡単で、共有しやすく、無条件に「善」であると受けいれられる、「信仰」であると考えて下さい。

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「環境問題 = 宗教」

なるほど、これは分かりやすい。

この話を聞いて、私はようやく「環境問題」が理解できたように思えました。


2013-08-24 「はだしのゲン」は、『無造作に書架に放置する』という取り扱いが一番良いのではないか

購入した、あるいは譲って貰ったパソコンに、ウイルスセキュリティツールを入れる為には、インターネットに繋がなければなりません。

でも、このインターネットに繋がった瞬間に、ウイルスに感染する可能性はゼロではありません。

セキュリティツールのインストールが完了するに、感染した場合、そのセキュリティツールそのものが、逆に、自分のパソコンや他人のパソコンを攻撃するツールになる、ということは、十分にありえます。

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「心配しすぎだ」という人は多いかもしれません。

しかし、私なら、こういう研究テーマを貰ったら、嬉々として、そういう攻撃ツールを作りたいと、心底から思う。

―― 多分、2日や3日の徹夜なんぞ全然平気で、コーディングしてしまうだろうな ―― と思える。(まあ、それに見あった技量があるかどうかは、別論ですが)。

そういう人間を「自分の中」に見い出せるからこそ、そういう想定ができるのです。

この話を、もう少し大きく捉えてみれば、「戦争」を具体的にイメージできる人間がいるからこそ、先手を打とうとして、「開戦してしまう」という、開戦のジレンマがあるのだと思います。

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「はだしのゲン」の、原爆投下シーンの地獄は、個体差はあるとはいえ、子どもに、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を与える可能性があります。

今回の閲覧制限問題は、政治的はものではなく、本当に医学的観点からの要請であったと、私は信じることができます。

事実、私は、今でも(40年経過していますが)、あのシーンを原爆投下の地獄のシーンを鮮烈に思い出すことができるくらいです。

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これは、大変難しい問題だと思います。

我が家でも、娘たちに、映画「シンドラーのリスト」を見せる時期を、見計らっています(主に、嫁さんが心配している)。

また、あの名著「バナナフィッシュ」を、どういうタイミングで、我が家の共有図書館に陳列するか、を、悩んでいます(主に、嫁さんが心配している)。

(ちなみに「我が家の共有図書館」とは、二階のトイレのことです。私が、日曜大工で、トイレの空間を、書架に改造してしまいました。嫁さんが、予算を認可してくれたので、それなりに美しい書架になったと自負しております)

その一方で、私は、こういう問題を「放任」しても良いのではないかと思うのです。

例えば、"How to SEX"については、男の子であれば下品なエロ本が、女の子であればふつーの(本当に普通の)マンガコミックが教えてくれます(最近の小学生向きのコミック、凄いですねえ)。

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私は、「はだしのゲン」も、『無造作に書架に放置する』という取り扱いが、最終的には一番良いのではないか、と、思うのです。

保護者が、そのような「きっかけ」をコントロールするのは止めませんか。自分の子供が、PTSDになるかどうかは「運」に任せてみませんか。

これは、リスクに見合うメリットがある、と思うのです。

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私は、「はだしのゲン」を、当時の連載で読んで、本当に怖くて寝れない日がありました。

それでも、原爆や戦争を、それを実体験することなく、「憎悪と憤怒と理不尽に拳を握りしめる」人間として完成したことを、

―― 本当によかった

と、心の底から思えるのです。


2014-08-24 「全部、パパの子?」

この週末は、民法772条(嫡出の推定)に関係するコラムを執筆していました。

This weekend, I have written a column about the Article 772 of civil law (estimate of the legitimacy of birth)

執筆をしている私の部屋に、娘が入ってきて夏の宿題を持って入ってきました。私の部屋にはクーラが入っているからです。

My senior daughter came in my room with her summer homework, because the cooler was working.

休憩の時間に、娘と雑談をしていた時の会話です。

The following is the conversation with my daughter.

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江端:「772条1項の規定によればだな、ママが浮気をして他の人との子どもを生んだとしても、それは、法律上、全てパパの子どもになるんだ」

Ebata: "According to the rule of Article 772 Clause 1, even if mom has an affair and had a child of another man, all of them become my children legally.

長女:「全部、パパの子?」

Daughter: "Are all children yours?"

江端:「そう」

Ebata: "Yes."

長女:「ママが外国人と浮気した場合も?」

Daughter: "Does mom has an affair with a foreigner?"

江端:「そう」

Ebata: "Yes."

長女:「青い目をした子どもでも、パパの子?」

Daughter: "Blue eye's child?"

江端:「肌の色の違う子でも、全てパパの子だ」

Ebata: "Even if they have different skin color"

長女:「ひゅー! パパ、やるじゃん!!」

Daughter: "Papa, You are cool!"

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何が「やるじゃん」のか分かりませんが、まあ娘の言わんとしていることは、なんとなく分かりました。

Thought I didn't understand what the "cool" mean, I understood what my daughter was going to say somehow.


2015-08-24 イラストを描くことは、結構なストレスの解消となっています。

本日は、コラムがリリースされた日なので、日記はお休みです。

Today, a new column is released, so I take a day off.

"Let's turn the world by "Number" Diet (18) Greed to diet is stronger than a strategy of species preservation ?

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原稿の締切に追いつめられて、精神的に追い込まれることが多い私にとって、

"I often break down for the deadline of colums."

イラストを描くことは、結構なストレスの解消となっています。

So, drawing an illustartion is a method of my stress reduction.

しかし、今回に限っては、「イラストを描くことでさらにストレスが増加した」という、稀有な例になりそうです。

But, in this time, it might be a rare case of "drawing an illustration increased my stress".


2016-08-24 「理由は説明できませんが、とにかく不快です」

本日は、コラムがリリースされた日なので、日記はお休みです。

Today, new my column is released, so I take a day off.

"Let's turn the world by "Number" Accident resulting in injury or death (33) "

No tactical option to railway personal injury!? The numbers speak the reason.

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「理由は説明できませんが、とにかく不快です」

"I cannot explain the reason, however, your column is unpleasant, anyway"

と言い切った後輩は、

The junior researcher of mine said that,

実在します。

has existed.


2017-08-24 ―― VR(Virtual Reality)のエロが凄い

以前、飲み会で、

Previously, at a drinking party,

―― VR(Virtual Reality)のエロが凄い

"Erotic of VR (Virtual Reality) is amazing!!"

と熱く語る後輩の話を、

About the talk about juniors who talk hotly,

あくまで

I was listening, like

『技術的な観点に興味がある風』

"I am interested in just technical perspective"

に聞いていました。

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誰か、私に詳細なレポートを作成し、送付して頂けませんか?

Can someone make the detailed report and send it to me?

EE Times Japan編集部に、次の連載の提案ができないかの検討 ――

"I would like to examine for whether I can propose the next series to "EE Times Japan" editorial department" is not true, but

などは、どーでもよく、個人的に、大変、強く、知りたい。

I want to know it, personally, strongly at the bottom of my heart.


2018-08-24 現代の私達は、権力がなくても、理不尽に殺されることは(滅多には)ありません ―― もっとも、これからも「ない」とは言い切れませんが

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

一週間ほど比較的涼しい日々(といっても、気温30度の日を『涼しい』と表現する日が、自分の人生に登場するとは思いませんでしたが)が続きましたが、最近、また猛暑が戻ってきました。

Relatively cool days have continued for about a week, but recently the heat days has come back again.(However I did not think that I called the day of temperature 30 degrees "cool" in my life)

はっきり言って、エアコンなしでは、夜が眠れません ―― 眠れないだけなら良いですが、下手すると、命と引き換えになるかもしれません。

Frankly speaking, I cannot sleep well without air-conditioner. If not sleeping well, it might be no problem. However, I have to exchange for life.

『原発をこれからも維持・運営すべき』との信条を持つ人は、この「酷暑」を楯にして、持論を展開すれば良いと思います。

The person who has a creed of "Nuclear Power Plants are needed and we have to keep and manage them, should argue his/her article of faith with this "blistering heat" in this summer.

しかし、そういう論は、あんまり見かけません。

However I have never read such arguments before.

(実は、あまり一般には知られていませんが)、現在、我が国が『電力余剰の取り扱いで困っている』という状況にあることは、私達エンジニアの間では、常識です(これも、いつか、どこかで書きます)。

(To tell you the truth, it is not unknown thing, but) the present Japan is in trouble handling power surplus. This is the normal knowledge for our engineer. (I will write the column about this issue)

ですので、今や「酷暑」も「人質の価値」にはならないのかもしれません。

So, unfortunately, this "blistering heat" might not be a "value of hostage"

それはさておき。

Set it aside,

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ある思考実験をしていました。

Recently I have done a thought experiment.

徳川家康を、現代(の湿度の高い熱帯夜)に連れてきて、

When I bring Tokugawa Ieyasu to the present age (tropical night with high humidity) and ask him,

「江戸幕府の最高権力者の地位」と「エアコンのある日常」をどちらかを選べ ――

Choose either "the position of the highest authority of the Edo shogunate" and "the day with the air conditioner"

と尋ねたら、どっちを選ぶかなぁ、と。

Which will he choose ?

私なら、絶対に「エアコン」を取ると思いますが。

In my case, I absolutely choose "air conditioner"

仮に「エアコン」のありがたさを知ってしまったとしても、「権力」というのは「エアコン」を越える魅力があるのなぁ、と ―― そんな(本当にどーでもいい)ことを、ずっと考え続けています。

Even if he knows a comfort of air-conditioner, he might think that "power" is appeal to him more than "air-conditioner". I have thought nonissue for a long time.

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まあ、当時は「権力を失うこと = 即死」という状況にあったことを鑑みれば、この比較自体がナンセンスである、と言えると思います。

At the period, "Losing power" reaches to "instant death", so this comparison might be nonsense.

現代の私達は、権力がなくても、理不尽に殺されることは(滅多には)ありません ―― もっとも、これからも「ない」とは言い切れませんが

We, nowadays, are seldom killed unduly by others, even if we have no power. However, nobody knows in our future.

例えば ―― 大日本憲法が制定された時には、軍部が統帥権を楯に政府を無視するなど、想定していませんでしたし(文民統制ボロボロ)

For example, nobody knew that the armed services ignored Japanese government by the reason of invasion of supreme command( civilian control was broken perfectly) when Imperial Constitution of Japan was established.

日本国憲法が制定された時には、自衛隊が海外に派遣されることや、憲法9条の改正に現実味が帯びるなど、誰も考えていませんでした。

Nobody also knew territorial defense by the Self-Defense Forces, and the possibility of amendment of the Constitution, article 9, when Constitution of Japan was established.

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まあ、そういう面倒なことは、いったん、忘れるとして ――

Well let me forget all annoying things,

当時の状況に鑑みてみれば、私は、「足軽」よりもっと身分の低い「雑兵」だったと思います。

In view of the past period, I was just a "foot soldier" that was lower class of "infantry"

で、

「エアコンを使えない戦国大名」と「エアコンを使える雑兵」では、私は後者の方がいいな、とは、思うのですよ。

"A warring lord who cannot use air-conditioner" or "a foot soldier who can use air-conditioner". I think I like to be the latter.


2019-08-24 「好きでないものを、好きなフリをしている私は、『本当の私』ではない」

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

その後、私は、常に「意識しようがしまいが、自分は常に加害者である」ことと「現在、どのような加害をしているのか」に注意して生きるようになりました。

Since then, I have always lived paying attention to "Whether I'm conscious, I'm always an perpetrator" and "What type of perpetrator I am now".

つまり、キリスト教でいうところの「原罪(*)」でははく、「現罪(現在進行形の加害に対する罪)」という概念に辿りついたのです。

In other words, instead of "original sin(*)" in Christianity, we came up with the concept of "current sin (sin for ongoing forms of perpetrator)”.

(*)最初の人間アダムとイブが神にそむいて犯した罪で、それをDNAレベルで私たちが引き継いでいるという考え方

(*)The idea that the first humans, Adam and Eve, were committed against God and we inherit it at the DNA level

まあ、その後、この私の「現罪」の概念が、

Well then, this concept of my "current sin" has been changing to

「"無意識"の加害を自分に許してはならない」

"Dont't being an unconscious perpetrator"

「やるなら、最初から明確な悪意をもって"意図的"かつ"計画的"に加害せよ」

"If I have to be an perpetrator, I will be the perpetrator "intentionally" and "plannedly" with definite malicious intentions from the beginning.

に転じてしまうのですが、このお話は、また別の機会に。

Let's talk this story to another opportunity.

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では、話を戻します。

Let's go back.

小学生の頃、全く興味がないのに、「切手」やら「古銭」やらの収集をしてしまいました ――

When I was a junior school student, I collected stamps and ancient coins, though I was not interested in them at all.

が、スタートでした。

That was the start point.

私の言いたかったことは、

What I wanted to say is

■私たちの「好きなもの」は、自分で作ったものではなく、

Our "favorites" are not made by ourselves,

■外部の世界で作られたものを、自分の中に取り込んでいるだけ

We just take in something made in the outside world.

ということです。

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―― 「好きなもの」は、自分では創り出せない

"We can't create our own "favorites""

と割りきると、人生がラクになります。

This idea will make you easier.

そんでもって、『多くの人間が「好き」といっているものを、自分も好きである』と思い込めると、色々と特典があります。

In addition, there will be various benefits if we think that "I also like what many people like”.

例えば、ハブられないとか、いじめられないとか、です。

For example, escaping from bully and ostracism.

そして、

Moreover

「好きでないものを、好きなフリをしているのは、『本当の私』ではない」

"This is not "real me", who pretend to like what I don't like"

というような自虐も、やめましょう。

Let's stop such masochism.

「本当の私」 ―― そんなものは、最初からどこにもありません(*)。

"Real me" ----- Nobody can find it anywhere(*).

(*)「私は、私と私の環境である」(オルテガ著『ドン・キホーテをめぐる省察』)

(*)"I am both me and my environment" (Ortega, Reflection on Don Quixote)


2020-08-24 うん、私も、こういうこと言う奴、嫌いだ。

「やはり俺の青春ラブコメは間違っている完」の第7話の視聴後感想になります。

This is my impression after watching episode 7 of "My Youth Romantic Comedy is Wrong,As I Expected -- Final"

「意識高い系」という言葉があります。

There's a word for "self-aware".

やたら会話の中に、横文字を使ったりする人を揶揄する言葉のようです。

It seems to be a term of ridicule for people who use English-words in conversation.

で、その「意識高い系」の言葉を、ちょっと調べてみたんですが、

So, I did some research on that word "self-aware".

アサイン、エビデンス、コミットメント、ジャストアイディア、ゼロベース、サマリー、タイト、デフォルト、フィックス、プライオリティ・・・

Assign, Evidence, Commitment, Just Ideas, Zero-Based, Summary, Tight, Default, Fix, Priority...

うーん、これらの使用を禁止されると、色々困ります。

Hmmm, if I am banned from using these, I am in a lot of trouble.

特に、特許ブレスト(これも、特許アイデア検討会、と言うべきか)が、できなくなります。

In particular, I will not be able to have a patent brainstorming session (or should I say, a patent idea review session).

しかし、これらの言葉を使うことで、不愉快に感じる人もいるだろうとも思います。

However, I also think some people may find the use of these words offensive.

「用語の勘違い」という問題あります。例えば、以前、「アバター」のことを、「痘痕(あばた)」と勘違いされて、怒られたこともありました。

There's a problem of "misunderstanding of terms". For example, I once got angry when someone mistook "avatar" for "pockmark".

まあ、これらの用語はTPOに合わせて、使い分けることが大切なのだと思います。

Well, I think it's important to use these terms in accordance with the TPO.

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私としては、むしろ、

As for me, I'd rather exterminate people

「AI系」: デジタルサービスを、なんでもかんでも、"AI"と言ってしまう奴

"who use the term "AI" to refer to all kinds of digital services"

を絶滅させたい。

『それって、"AI"で動いているから・・』

"It's powered by an AI.so.."

『待った。その"AI"ってどの技術のこと? 機械学習? ニューラルネットワーク? 統計解析? それとも、それ以外?』

"Wait. What technology is this "AI" you're talking about? Machine learning? A neural network? Statistical analysis? Or else?"

などと言えば、嫌われるだろうなぁ。もう手遅れだろうけど。

If I say something like that, everyone will hate me. It will be too late, though.

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『"政治"が悪いんだよ!』

"Bad politics!"

『待った。その"政治"ってどの分野のこと? 財政? 福祉? 軍事? 外交? 教育? それとも対象かな。与党? 野党? それとも省庁のことかな。そうだとしたら、その省ってどれ?』

"Wait. What field is this "politics" in? Finances? Welfare? Military? Diplomacy? Education? Or is it the target. The ruling party? Opposition? Or maybe it's the ministry. And if so, which one is that ministry?"

うん、私も、こういうこと言う奴、嫌いだ。

Yeah, I don't like people who say these things either.


2021-08-24 あなたたちの中で、不要不急の外出をしたことがない者が、政府または東京都に、まず石を投げなさい

1000年単位のベストセラー、仏教の経典、コーラン、そして新約聖書に学ぶところは多いと思っています。

I believe there is much to be learned from the best seller of the millennium, the Buddhist scriptures, the Koran, and the New Testament.

例えば、ヨハネによる福音書第8章3~11節の中に、姦通罪で捕らえられた女性をめぐって、イエスと律法学者たちが対決する場面が出てきます。

For example, in the Gospel of John, chapter 8, verses 3-11, we can read a scene where Jesus and the scribes confront each other over a woman caught in adultery.

旧約の律法では、姦通罪は石打ちの死刑にされることになっていました。

In the Old Testament law, adultery was punishable by death by stoning.

判断を求められた主イエスは、次のように言いました。

When asked for his judgment, Jesus said

=====

あなたたちの中で

罪を犯したことのない者が

この女に、まず石を投げなさい

"All right, but let those among you who have never sinned throw stones at this woman"

=====

深い言葉です。

These are profound words.

-----

現代では、三権分立と言論の自由の保障のもと、政策実行の主体である「政府」または「地方自治体(例:東京都)」は、新型コロナ感染対策について、国民や県民等から、批判されています。

Today, under the separation of powers and the guarantee of freedom of speech, the government or local government (e.g., Tokyo Metropolitan Government), which is in charge of implementing policies, has been criticized by the public and prefectural residents for its measures against the COVID-19 infection.

コロナ禍の中、判断を求められた、エンジニアの江端は、次のように言いました。

Asked to make a decision in the midst of the COVID-19 disaster, Ebata, who is an engineer, said

=====

あなたたちの中で

不要不急の外出をしたことがない者が

政府または東京都に、まず石を投げなさい

"All right, but let those among you who have never gone out unnecessarily throw stones at the government or the Tokyo Metropolitan Government"

=====

-----

―― いやいや、そうじゃない

"No, no, no way!"

政府や地方自治体は、国民や住民の行動変容も含めて、その責任があります。

Governments and local governments have the responsibility to include behavioral change in their citizens and residents.

行政府に対する「批判」は、その批判そのものが価値があるものです(代替案を伴う必要もない)。

Any "criticism" of the executive branch is worthy of its own criticism (and need not be accompanied by an alternative).

それに、ヨハネによる福音書第8章3~11節を絶対正義と見なしてしまえば、「法治国家」の否定になります。

Besides, if we regard John 8:3-11 as absolute justice, it would be a denial of the "rule of law".

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とは言いつつ、私の身の上ならば、

Having said that, if it were up to me,

「路上飲みをしている奴」とか、「飲酒を伴う深夜をの宴会をしている居酒屋」に向けて、

To "street drinkers" and "taverns that host late-night drinking parties",

『軽石』か『ピンポン玉』くらいなら、投げつける権利はあるのかな、と思っています。

I think I have the right to throw "pumice stones" or "ping pong balls" at them.


2022-08-24 ―― エジソン、バカ

発明王エジソンの格言に

In the aphorism of Edison, the king of inventors,

「人生に失敗した人の多くは、諦めたときに自分がどれほど成功に近づいていたか気づかなかった人たちだ」

'Most people who fail in life are those who didn't realise how close they were to success when they gave up.'

というものがあります。

私、半世紀を生きてきて分かったことがあります。

I, having lived for half a century, know what I know.

―― エジソン、バカ

"Edison, you idiot"

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「諦めないこと」は大切なことかもしれませんが、「諦めないこと」には、膨大な時間やコスト、そして、回りの人へのインパクト ―― 自分だけでなく、回りの人を不幸にする ―― という負のコストがあります。

'Not giving up' may be important, but 'not giving up' has a negative cost in terms of enormous time, cost and impact on those around you - making not only you but also those around you unhappy.

特に、自分へのインパクトは『自分の"心"を殺し、最悪、自分を殺す(自死)』ことです。

Especially, one of the impact to me, is "destory my mind, and to the worst, kill myself".

「始めること」は簡単なんです。

'Getting started' is easy.

ところが、それを「諦めること」は、その100倍以上も難しく、苦しい。

However, 'giving it up' is 100 times more difficult and painful than "getting started".

それが、「サンクコストの呪い」です。

That is the 'curse of sunk costs'.

「諦めること」は、「始めること」より難しく、それ故に、価値があります。

'Giving up' is harder than 'getting started' and, therefore, more worthwhile.

バカなエジソンは、それに気がつかなったようですが、私は、それを知っています。

Stupid Edison didn't seem to realise it. I, however, know that.

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最近、カルトに関する本を、片っ端から読んでいます。

I have recently been reading a lot of books on cults

カルト教団を脱退できない人の心理に、「サンクコストの呪い」があることが分かってきました。

The 'curse of sunk costs' has been found to be a psychological factor in people's inability to leave cults.


2023-08-24 『文章は、原則、未来の自分の為に作成し、運が良ければ他人の役に立てばいい』が、私のポリシーです。

私のコラムを読んで頂ける人には自明でしょうが、私はフォーマットを気にせず文章を量産するタイプです。

As should be obvious to readers of my columns, I am the type of person who mass-produces sentences without regard to format.

『文章は、原則、未来の自分の為に作成し、運が良ければ他人の役に立てばいい』が、私のポリシーです。

My policy is, "As a rule, I create my writing for my future self, and if I'm lucky, for the benefit of others."

体裁を気にして、記載量を減らすくらいなら、体裁を無視して、残しておけるものは残しておく方がマシ、と考えています。

I think It is better to ignore formats and keep what I can leave than to reduce the information with care in the formats.

もっとも、これに対して真逆の考え方もありますし、それはそれで意義があります。

There is, however, an opposing view to this, and it is significant.

まあ、これは「ミーイズム(自己中心主義)」と「コスモポリタリズム(世界市民主義)」の違いとも言えるかもしれません。

Well, one might say that this is the difference between "me-ism (self-centeredness)" and "cosmopolitanism (world citizenship).

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私がフォーマットを病的に気にするのは、通信プロトコルのプログラムぐらいですかね。

The only thing I am morbidly concerned about formatting is communication protocol programs.

たった1ビットのプロトコルエラーで、通信ができなくなるからです。

This is because a protocol error of just one bit will result in a loss of communication.

つまり、フォーマットを厳密に守らないと1mmも動かせない世界では、そうせざるを得ないのです。

In other words, in a world where we can't move a millimeter without strict adherence to a format, we must.

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『世界が(緩くて、雑な)私のポリシーのフォーマットに合わせてくれればいいんだけど』と思うことはあるのですが ―― こればかりは、どうしようもないです。

'I wish the world would adapt to my (loose, messy) policy format' -- but I can't help myself with this one.