コラム「ある医師がエンジニアに寄せた"コロナにまつわる現場の本音"」に関するシバタ医師の追加コメント
公開日 2020/04/05
1. 江端さん企画中の感染シミュレータと、COVID-19の再感染に関する見解
「江端さんの忘備録」の「オリンピックを潰した男編(*1)」「シミュレーションについて(*2)」の回を拝読させていただきました。
江端さんのお師匠様のメールを見て、「道具が手元にあれば、そりゃ、だれかが試しているよなぁ・・・」と腑に落ちました。
(*1)http://www.kobore.net/diary/?date=20200328
(*2)http://www.kobore.net/diary/?date=20200329
シミュレーションについて無調査で大げさなメールをお送りしてしまったのはお恥ずかしい限りです。
ただ、江端さんの爆笑を勝ち取ったので意味はあったということにしておきます。
(感染シミュレーションについて)個人的には、
@COVID-19に感染した後に獲得した抗SARS-CoV-2への免疫の強度、
A感染後の免疫の有効期間、
B死亡率が風邪レベルに低下するまでに必要な感染回数、
C重症度別の基本再生産係数(R0)の4つ
を動かせる長期的シミュレーションも見てみたいところです。
(@は、回復患者がCOVID-19患者に接触したときにどれくらい感染率が低下かするか、言い換えてもいいかもしれません)
すべてのシミュレータをチェックしたわけではありませんが、おそらく多くのシミュレータが
@を100%、
Aを死ぬまで、
Bを1回、
Cを固定値
としてシミュレーションしていると思います。
ちなみに、通常のコロナウイルスは「全く同じ系統に対しても、1年で再感染するようになることもあるよ」「終生免疫はつかないよ」と言われています(*1)(*2)
(*1)https://www.sciencedirect.com/topics/medicine-and-dentistry/coronavirus
(*2)https://www.achmc.pref.aichi.jp/wp-content/uploads/2019/08/3e6313c286eff4582fcde175e7edd7c3.pdf
残念ながら、風邪症状を主とする既存の4種のコロナウイルスにおける再感染時の症状の軽減効果について、定量的な論文は見つけることが出来ませんでした。
でも、きっと2回、3回とCOVID-19に再感染した時には、症状は軽くなるはずだ、と信じています。
前回の長文ではシミュレーションについての考察を含めませんでした。COVID-19の罹患(SARS-CoV-2への感染)で終生免疫がつかない可能性について、省略してしまいました。
この特性は私が「世界線Dに到達する」と想定している根拠の一つでもあるので、前回の論に含めた方が良かったかも知れません。
ただ、ちょっと、「1年で免疫なくなるかもね」「終生免疫が期待できるようなワクチンができる可能性は無いかもしれないよ」と不確実なことを言うのは、あまりにも無責任でぶっちゃけすぎかなぁ・・・と尻込みしたのも事実です。
「風邪やインフルエンザは繰り返しかかるものだ」「ワクチンは何度も打たなければいけないかもしれない」と皆さん直感的にご存じのはずなので、「オリンピックを潰した男」を心配したように私が過敏なだけかも知れません。
2. 「ある医師がエンジニアに寄せた"コロナにまつわる現場の本音"」にて記載したマスクの有効性に関する私(シバタ医師)の自己レビュー
一点、ご報告というか、懺悔です。
マスクについて、あんなにたくさんの文字数で講釈をたれたにもかかわらず、この短期間で私自身の認識が急速に変わってしまいました。
すなわち、「可能な限り全員がマスクをすることの意義を、安易に切り捨てない方がいいかもしれない」と。
再考のきっかけは、志村けんさんの訃報です。
志村さんが亡くなった心理的影響が、思いのほか、大きいです。
こんなにも影響されるものなのかと、自分の驚き様にびっくりしました。
前回の主張で、私はマスクの非対称性を説明する流れからマスク不要論の論文に引っ張られて「自分が感染しないために」「感染が明らかになってから他人にうつさないように」という視点を中心に議論を展開しました。
一応、「今まさに自分が無症状のキャリアとなっている可能性が、十分にある」そして「うっかり高齢者にうつすと、決して低くは無い確率で殺してしまう」というということにも言及していました。
にもかかわらず、論者であるシバタが「マスクに対してどのように行動するか」の結論部分で、マスクを「あれば付ける、忘れたら諦める」で止まっていました。
そして、一億総マスク戦略への論の展開も行いませんでした。
既存の報告の裏付けが取れる部分で論を止めることで、恥をかくことから逃げた、とも言えます。江端さんはどのように感じられましたでしょうか?(*)
(*)江端所感ですが、結論の強調点については同意できますが、読者の多くは、自力で、シバタ先生の主張に正しく到達して理解していたと思います。
故にご心配は杞憂であると考えます(私は、ツイートや掲示版のメッセージの全部を読んでいます(本当))。
しかし、志村さんの訃報に触れて、「うっかり高齢者にうつすと、決して低くは無い確率で殺してしまう」ということが、今まさに世界中で発生していることを再認識させられました。
にもかかわらず、前回の長文では、シバタが、無症状の現時点で「マスクはあれば付ける、忘れたら諦める」=「マスク着用を真摯に捉えていない」ことを曝露していたわけです。
前回の長文でご紹介したように、ダイヤモンドプリンセス号の事例では、PCR陽性反応時に半数が無症状(*1)であり、このうち、自衛隊中央病院で治療を受けた104名について、観察期間を通じて症状や初見を認めなかった症例が31.7%、軽症例が41.3%、重症例は26.9%(*2)だったと報告されています。
(*1)https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9422-covid-dp-2.html
(*2)https://www.mod.go.jp/gsdf/chosp/page/report.html
感染経路が特定されない症例が増え始めている状況で、「自分は無症状だから感染者ではない」と断言できなくなってきています。
(中国からの報告の方が無症状の患者の割合は低いとされています。n数(*)から考えると中国からの報告を採用するべきなのも知れません。
ただ、ダイヤモンドプリンセス号の事例はコホート研究的な側面を持っていますので、そのような観点から考察には国内の報告を採用させていただきました。)
(*)サンプル数
また、これも前回の繰り返しで恐縮ですが、マスクが感染者の飛沫飛散の防止に寄与することは恐らく確かです。
そして、現状は「感染後に無症状」で「うっかり人混みでくしゃみ」をして、そこに高齢者がいる、または高齢者がその飛沫に触れれば、その瞬間に「殺人率〇〇%」という状況です。
(もちろん中高年、若年者も一定の割合で亡くなっていますので、高齢者がいなければいいとう話でもありませんが。)
ただ、現実問題として「熱も無く、1日に3−4回咳が出て、微妙にのどが痛いので2週間の有給休暇をください」というのが個人にとって簡単ではないのも事実です。
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そこで、社会におけるマスクの役割を再考してみました。
現在しばしば耳にする「ロックダウン」とは、
人の移動を極力制限することにより、ざっくり言って「全ての人を感染陽性と仮定して他人に感染させないようにする」+「全ての人を感染陰性と仮定して、他者から感染させられないようにする」を兼ね備えた戦略
です。
そして、「全員マスク戦略」は、上記の前半部分を「全ての人を感染陽性と仮定して、飛沫飛散を抑制する」という形で実践していると言い換えられるかもしれない・・・。
期せずして、日本人は、「ハーフロックダウン(*)」とでも言えるような防疫戦略を自発的に続けていたのです。
(*)江端意見:「国家権力の命令に因らない、市民による大規模かつ自発的な自衛の為の行動変容」と解釈しました。
マスクに自分自身に対する感染防御の能力が無い可能性が高いにもかかわらず、です。
「自分がマスクをしても自分に利益が無く、他人の利益になる」かつ「自分がマスクをするには労力を払う必要があり」「自分が利益を得るためには自分以外の集団が団結してマスクをする必要がある」・・・
まるでゲーム理論の「囚人のジレンマ」の様な状況です(*)。
(*)江端意見:正確には「囚人のジレンマ」で発生する局所最適の状態を破って、理想的な全体最適に至った状態のことです。この状態を作ることが恐ろしく難しいことは、こちらhttps://eetimes.jp/ee/articles/1702/28/news016_5.htmlを御参照下さい。
もしかしたら、日本はゲーム理論上の社会的な最適解を選び抜き、ジレンマに打ち勝っていたのかもしれません。
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「マスクは、自分の身を守るためには限定的な意味しかありません。
その代わりに他人を、そして自分の大切な人をCOVID-19から守ってくれる可能性があります。
できれば皆さんも継続して、全員でマスクを着用し続けてみませんか?」
これが、私の現在の結論です。
残念ながらこの論の展開は仮説からスタートし、自分での検証も無ければ引用文献も無しで結論に至っています。
統計学的な裏付けもまったくありません。
科学的には「COVID-19の基本再生産係数(R0)は基本的には低い」という論調の方が正しいのでしょう。
3.COVID-19感染に対するマスクの有効性に関する、私(シバタ医師)の主張の変更
私は「マスク入手に躍起にならず、風邪の徴候が出たらマスクを頑張ろう」というこれまでの考えを改めることにしました。
「未知のウイルスに対処するのに、過去の知見に捕らわれ過ぎていては、真実を見誤るかもしれない」という思考の迷走もありますが、実際のところは「無症状での感染+花粉症=知らない間に老人に感染させて殺人」「自分自身が第2の志村けんさんのような事例を生むかも知れない」という恐怖が大きな理由です。
ただ、マスクは不定期にしか手に入らないので、手作り布マスク(フィルター機能絶無)を着用することにします。
もちろん手洗いや3密行動を避けることと平行して、です。
(3密行動の禁止と言えば、医学生への講義が急にオンラインに切り替わっててんやわんやです。
また、職場のマスク持ち出しは厳禁です。ちなみに、このままマスクの供給が追いつかなければ大学の実験施設のマスクがサージカルマスクから布製マスク(クリーニングで再利用する)に変わる計画があるそうです。
「そういえば、大昔は手術の時も布製マスクだったよなぁ・・・」と、懐かしいのかなんなのか、よく分からないため息をついてしまいました。)
・・・結果として、10日も経たずに自分の結論を修正することになってしまいました。穴があったら入りたい気分です(*)。
(*)江端意見:「シバタ先生の論旨は変わっていない」という江端の見解は変っていません。
今回のシバタ先生のメールは『無自覚感染者による感染リスク』についての、マスク着用の意義が強調された、という理解しております。
(蛇足ですが、なぜ「汝の隣人を愛せよ」の国でなく、日本でマスク着用率が高いのか・・・マスクの効能を考えると摩訶不思議な気がします。)(*)
(*)江端意見:これは、掲載された文章に記載されている「日本人の同調圧力」で説明が可能ではないかと思います。
いわば「汝の隣人と同じように(目立たないように)振舞え」というお国柄であるからだと思います。
シバタ
追伸
2020/04/01の日記とリンク(*)を拝読させていただきました。
(*)「COVID-19への対策の概念」(https://www.jsph.jp/covid/files/gainen.pdf)
人によって、無症状〜死亡までの幅広い発症様式をとる感染症ですので、COVID-19患者の基本再生産係数R0が、患者によって相当の幅があることはその通りだと思いました。
おそらく、全COVID-19患者中の「感染性飛沫生産者」の割合は決して高率というわけではないのでしょう。
ただ、「110人のCOVID-19患者がそれぞれ何人の2次感染者を発生させたか」を見たグラフにおいて、ほとんどの患者で2次感染者が0〜1だったという統計は、エレベーターやバス、電車ですれ違った人すべてを考慮することは不可能なので、報告の数字は「ミニマム」かもしれません。
論拠としては、統計から計算したR0が、0.5弱程度しかないことです。
グラフから数字を読み取っているので、ちょっと不正確ですが、期待値としては110人×暫定のR0(2.5)=275人感染するはずが、51人程度しか感染させていません。実際の世界のR0の平均である2.5に遠くおよんでいないのです。
たまたまクラスターの起点にならなかった人が統計に集まったのだろう・・・という推論は成り立ちます。その他にも、実は濃厚接触者以外にも密かに感染させており、それが孤発症例となっている、という可能性もあるかもしれません。前者であることを祈ります。
そして最後から2枚目のスライドにある、日本国民全員への「行動変容三連呼」。
これは・・・犯罪抑止系のポスター以外でここまで強い公の文書は、初めて見た気がします。
本当は、「群れるな!しゃべるな!換気しろ!自分が感染していると思って行動しろ!とにかく人に感染させるな!」と直接的に叫びたかったのかも知れません。
批判を恐れず、国民に直接的な行動変容を訴え、かつ、最大で患者数2500万人、死亡数64万人の想定をネット上に公表した厚生労働省は、頑張っていると思います(*)。
(*)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/yusikisyakaigi/dai13/siryou3.pdf
ちらほらと、無症状患者から感染伝播したと考えられる症例も報告されるようになりました。
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まずは自分ができるところから。
「自分はすでに感染性飛沫生産者かもしれない」と考えて、やはり私は日常的にマスクをする生活を選択することにいたします。
以上