ウラン燃料はあと37cmで流出するところだった!?

なぜ、福島原発“5重の壁”は簡単に壊れ放射性物質が放出した?

(「wikipedia」より)

 こんにちは。江端智一です。

 今回は、3.11の大震災から始まった、福島原子力発電所(以下、福島原発という)の事故について、津波の到来から原子炉建屋の爆発に至る経緯を、「一体、何が起こっていたのか?」という観点からレビューしてみたいと思います。

 きっかけは、私の嫁さんの「今回の事故が、まったく理解できない」という一言でした。

 この事故に関しては、原発事故調査委員会の調査報告書や、その他のメディア、書籍で多くの情報が開示されています。多すぎるくらいです。

 これらの内容は難しく、エンジニアである私でも理解するのは大変でした。また、この事故の内容を他人に語ることは、さらに難しかったです。

 しかし、この事故を、

 「なんだか知らんが、すごい事故があった」
 「誰々が悪かった」
 「何が足りなかった」

で片づけて、「はい、おしまい」とすることは、日本中を放射能で汚しまくったことを帳消しにしてしまうくらい「無責任」であると思うのです。

 電力会社や政府が国民に対して事故の説明責任があるのと同様に、私たち大人は、どんなにしんどくても面倒でも、この事故を自分の頭で理解して、子供に語り継ぐ責任があると思うのです。

 今回のコラムでは、前述した通り、「誰々の何が悪い?」という責任論については触れることはしませんし、また、原発存続の要否や、今後の対応などもついても一切言及しません。また、ページの関係上、原子炉建屋の爆発による放射能汚染の被害については割愛します(ご要望があれば、お知らせください)。

1.そもそも原子力とは何か?

 原子力とはエネルギーの一種です。ここでは「核分裂反応」によるエネルギーのみに言及します。そのエネルギーはどうやってつくり出されているかというと、「怒り狂った兵士による銃撃戦」とイメージすればわかりやすいかと思います。

 ここでの「兵士」とは、ウランなどの原子力エネルギーの燃料(下記図1のペレット、後述する燃料被覆管)のことであり、「銃撃戦」とは、その燃料が中性子を放出している状態を指すこととします。また、この中性子を「弾丸」と表現するものとして、以下「核分裂反応によるエネルギーの作り方」の説明を試みてみます。

 核分裂反応の仕組みは、ざっくりと、以下の通りです。

【Step.1】兵士が、最初の1発の弾を別の兵士に当てる
  ↓
【Step.2】その弾に当たった兵士が怒る(この怒りがエネルギーとなる)
  ↓
【Step.3】怒った兵士は、2発以上の弾丸を無差別に撃つ
  ↓
【Step.4】その弾に当たった兵士も怒り、同じように2発以上の弾丸を無差別に撃つ

 こうなると、兵士が2発の弾丸を発射すれば、怒る兵士の数が1→2→4→8→……と増えていくのがわかりますよね。

 この「怒り」の連鎖をほったらかしにしたものが「原子爆弾」です。あっという間に、兵士の怒りが連鎖して、一つの都市を一瞬にして灰にするほどのエネルギーになります。原子爆弾は、この兵士たちを「怒り心頭」の状態にさせればよく、原理的にはそんなに難しくありません。

 兵士たちをぎゅうぎゅう詰めの部屋に集め、その部屋の全方向(屋根、床、すべての壁)からTNT火薬等を同時に爆発させて、彼らを押し潰してやれば足ります。

 調べてみたのですが、原爆の原料(プルトニウム等)さえ手に入れば、原爆をつくるのは、そんなに難しくないようです。

 一方、原子力発電も、兵士たちを「怒らせる」ところまでは同じなのですが、ポイントは、2発以上ではなく1発だけ撃たせる、というところにあります。つまり、「怒り狂った兵士による銃撃戦」が、戦線拡大しないようにコントロールするのです。

 どうやってしているかというと、兵士たちを全員プールの中に叩き込んで、銃撃戦をさせるのです。プールの中では、弾の速度は格段に遅くなります。また、兵士たちも水の中で、少々頭が冷えて、あまり弾を撃ちまくることもなくなります。

 しかし、決して「停戦」はさせず、銃撃戦を適度な規模に維持したまま続けさせて、兵士の数を1→1→1→1→……と、適度に怒らせ続ける――これが原子力発電における、核分裂反応です。まあ、乱暴にまとめると、原子力発電とは、戦場での「火事場泥棒」みたいなことをやって、エネルギーを取り出している、という理解でよいと思います。

2.原子力発電所の事故を防ぐ「5重の壁」とは何か?

 さて、今回の資料収集の段階で、沸騰水型軽水炉(BWR)の「5重の壁」という、放射性物質を管理するための設計思想について読みました。

 「おお、これは凄い! 完璧な防御手段じゃないか」

と思いながら、

 「あれ?」

と気がつきました。

 「なんで、今、人類史上最悪の原子炉事故の処理と放射能汚染が進行中なんだっけ?」

と。

 もう一度、「5重の壁」という内容を、読み直してみました。

(1)第一の壁:燃料ペレット

 原子力発電の燃料であるウランを陶器(セラミック)で固めた、角砂糖サイズの固形燃料です。このセラミックは2800度まで融けませんので、ウランが高温になっても融け出すことがありません。

(2)第二の壁:燃料被覆管

 1200度の温度でも融けない金属でつくられた、燃料ペレットを一列に入れる管です。

(3)第三の壁:原子炉圧力容器

 内部が90気圧になるまで爆発しない、世界最強レベルの圧力鍋です(ちなみに、通常の圧力鍋は2気圧です)。この鍋の中で兵士たちを闘わせます。また、兵士が暴走した時でも、放射能が外部に漏洩することを防ぎます。

(4)第四の壁:原子炉格納容器

 原子炉圧力容器を収納するロッカーのようなものですが、4気圧まで耐えられる構造になっており、これも放射能の漏洩を防ぐことを目的としています。

(5)第五の壁:原子炉建屋

 厚さ2メートルの鉄筋コンクリートの巨大な箱です。これも放射能の漏洩を防ぐことを目的としています。

図1:軽水炉型原子力発電所の「5重の壁」

 ちょうどいい。今回のコラムでは、この「5重の壁」と対応づけながら、福島原発の事故を振り返ってみようと思います。

3. なぜ、軽水炉型の原子力発電所が安全と言われ続けてきたか?

 福島原発を含めて、日本の原発は「軽水炉」型です。世界中の原子力技術者が「軽水炉は安全」と主張し続けていたことには理由があります。核分裂反応の増加が、分裂反応自身を抑えてしまう、という「ネガティブフィードバック」制御であるからです。

【Step.1】何らかの原因で核分裂反応が増加し、出力が増加する。
  ↓
【Step.2】水の温度が上昇して、水の密度が減少する。
  ↓
【Step.3】水の密度が減少すると、中性子の速度が上がる。
  ↓
【Step.4】中性子の速度が上がると、核分裂反応が抑制される。

 つまり、兵士がすごく怒りだすと、水の中で弾が出にくくなるので、兵士の怒りが次第に収まってくる。逆に、兵士がおとなしくなってしまうと、弾が当たりやすくなって、再び兵士が怒りだす、というわけです。「軽水炉はその仕組み上、制御できなくなる状態(暴走)にならない」ということになっているのです。

 兵士を水の中に叩き込んでおくだけで、適度な規模の銃撃戦を続けさせられる。これは、制御する側も、比較的楽チンに制御が可能であり、これが、軽水炉型の原発が安全と言われる根拠にもなってきました。

4. なぜ、日本には、こんなに原発がいっぱいあるのか?

 計画中、建設中、廃止を含めると全部で73基程度あるようです(動くものは54基)。

 CO2を放出しないとか(放射性廃棄物は排出しますが)、いろいろ理由があるとは思います。でも、私はやっぱり、燃料のモビリティ(移動性)が大きい理由であると考えています。10トントラック2台分のウランで、100kWの電気が1年分つくれるのです。これを、火力発電でやると、20万トンタンカー7台分の石油が必要になります(約7万倍)。


 運送コスト、燃料の保有場所の確保、発電所の規模などを考えると、原子力発電は、確かに運用(制御)しやすいという面があります。


 また、石油の備蓄確保は、日本国にとっては最大の命題でもあります。日本では採取できませんから。しかし、原子力発電の燃料になるそのウランにしても、日本ではほとんど採取できない点では同じです。日本は、エネルギー資源においては絶望的に不利な国なのです。

 ですから、日本国政府は、燃料を使うと燃料が増えるという魔法のエネルギー増殖手段、それは「ポケットを叩くとビスケットが2つ」になるような、夢のポケット……でなくて、エネルギー無限増殖手段に血道を上げてきたのです。

 これが、あの「高速増殖炉もんじゅ」です。(残念ですが、今回は「高速増殖炉」については割愛します)

5. 福島原発の事故って、結局どういうことなのか?

 今回の地震において、福島原発を含め、日本の原発は、核分裂という反応を完璧に止めることに成功しています。つまり、兵士たちの銃撃戦を完全に封鎖し、完全な停戦を実現したのです。

 具体的には、弾丸を吸収する棒「制御棒」(燃料棒)をプールの底からニューっと持ち上げて、発射された弾丸を全部吸い取ってしまうのです。これを「スクラム」といいます。

 さらには、プールの中に、弾丸の速度を遅くする水溶液を流し込むことでも、停戦、すなわち核分裂反応を停止することができます。

 3.11の震災においては、日本の原発はこの「スクラム」が自動的に起動し、核分裂反応の完全な停止を実現したのです。これは、地震大国日本における、原子力発電制御の完全勝利となるはずでした。

 でも、そうならなかったのです。

 自動スクラムによって、兵士たちは、お互いに銃撃戦をやめましたが、それでも「怒り」が収まっているわけではありません。彼らは、プールの水を一瞬にして250度の高温水蒸気にするほどの熱量を持っているのです。停戦が実現したとしても、兵士たちは、いきなり冷静になることはできません。

 まだ怒り続け、相当の熱量を発しています。炉の中の火は鎮火したけど、その中には、まだ熱量を持った4万〜5万本の燃料棒(約100トン)は残っているのです。

 その熱量たるや、常に、プール1杯の水を1時間で完全に蒸発させてしまうような、すさまじい熱(崩壊熱)です。この熱がいきなり消えるわけがありませんので、スクラム後も、蒸発に負けないような大量の水で、常にプールの水を強制的に注入し続け、力ずくで兵士たちを冷やし続ける必要があるのです。

 しかし、それができなかった。

―― そして、福島原発の惨劇は、ここから2つの台本のシナリオで同時に進行します。

第1のシナリオ :「2800度のウラン燃料の驀進(ばくしん)」

 すべてのバッテリー、発電機等の電源が津波によって浸水または水没することによって全電源が消失。プールに水を入れる手段が途絶えました。その結果、プールの水は、わずか1時間で全部蒸発してしまいました。空焚きです。

 空焚きになった兵士(ウラン燃料)の温度は、250度からペレットの融点2800度に上昇し、ウラン燃料自体が自分の熱で融け始め(炉心溶融)、原子炉の中に落ちていきます(メルトダウン)。この段階で、第1の壁、第2の壁は破れました。

 太陽表面温度(6000度)の半分の温度のウラン燃料の驀進(ばくしん)を留める物質は、この地球上にはほとんど存在しません。溶融した燃料棒は、厚さ20cmを誇る耐熱超合金の原子炉を、軽くぶち抜きます。これで第3の壁も破れました。

 こうして、外界と接することがないはずの原子炉圧力容器に穴が開きます。そして、この穴から、大量の超高温のウラン燃料が流れ出します。原子炉を格納しているだけのロッカーにすぎない原子炉格納容器なんぞ、本来2800度のウラン燃料の敵ではないのですが、燃料が落ちたところが、たまたま2.6メートルのコンクリートの塊で、あと37cmのところでぎりぎり止りました。

 こうして2800度のウラン燃料の驀進を止めることに成功したものの、「原子炉圧力容器や原子炉格納容器の構造的に弱い部分が、高温や設計を超える圧力により一部損傷、格納容器は破損(東京電力お客様相談メール担当の方からのご回答)」し、第4の壁もすでに破れて、容器内の気体は、原子炉建屋に流出している状態にありました。

図2:「5つの壁」全てが破れた原子力発電所
第2のシナリオ: 「水素爆発」


 2800度とは、広島原爆爆発1秒後と同程度の温度です。具体的には、フライパンが溶けて、蒸発して、消えてなくなる程の温度です。この超高温によって、ウラン燃料の中に封じ込まれていたヨウ素、セシウムなどの放射性物質が水蒸気とともに放出され、原子炉格納容器内にタップリ充満している状態でした。

 加えて、メルトダウンを開始した燃料被覆管の材料(ジルコニウム合金)は、プールの水と反応して大量の水素を発生させていました。1号機の水素発生量は770kgと推定されています。

 ちなみに、私は大学生の頃、下宿で食塩水を電気分解して発生した水素を爆発させてみたことがあります。たったコップ1/3(100cc)ほどの水素の爆発が、私の部屋の中を無茶苦茶にしてしまいました(江端さんのひとりごと「やさしい水素爆弾の作り方」<http://www.kobore.net/tex/alone93/node23.html>)。あの程度の水素ですら、水素の爆発の威力は半端ではありませんでした。

 これらの気体は、原子炉格納容器の破損部から、原子炉建屋に流出します。

 私の部屋を破壊したコップの水素の実に8億6000倍もの水素と、人類史上例のない最悪最凶の放射性物質を含む毒ガスから構成される、 高さ48メートル(奈良の大仏さまの3倍)の巨大な建造物からなる「水素爆弾」(◯化学反応、×核融合)の完成です。

 水素は、鉄板の上に釘が落ちる程度の火花で引火します。建屋に穴を開けることなど不可能な状態でした。

 そして、運命の3月12日15時36分、最後の砦とされていた第5の壁、原子力建屋が、水素によって大爆発を起こします。私は、その風景のビデオを何度も見ましたが、紙細工の模型の建屋が吹き飛ばされるような、現実感に欠ける光景でした。

 ここに2つの台本が一つとなり、水素爆発によって、放射性物質が日本中に散布され、日本の一地域を人の住めない「死の街」に変えてしまう、悪魔のシナリオがスタートすることになります。

 この後、3月14日11時1分に3号機も爆発。そして、2号機、4号機も爆発、火災。プールの水が蒸発して、使用済み燃料までもが水素を発生させ、または、水素が別の建屋に流入していたためでした。

6. まとめ

 (1)福島原発を含め、日本の原発は、予定通り自動スクラムによって、完璧な核分裂反応の停止を実現しました。この事実をもって、原子炉は安全に停止した、と言うこともできるかと思います。

 (2)しかし、その後の全電源喪失によって、プールの水はすべて蒸発、冷却手段を失った燃料は2800度まで上昇して、自ら融け始め、原子力発電の「5重の壁」と呼ばれるもののすべてを、軽々と破壊しました。

 (3)原子力建屋に充満した水素の大爆発により、漏れ出た放射性物質は日本中にバラまかれて、日本の一部の地域を死の街とさせるに至りました。

7. 感想

 事故直後には、すっかり姿を潜めていた原発関係のWebサイトが、徐々に復活しています。気がつかれないうちに、少しずつ戻していくという方法は、まあ、悪くないのだろうと思います。

 しかし、余計なお世話かもしれませんが、「5重の壁」についてだけは、もう掲載をやめたほうがよいと思います。滑稽だからです。まるで「この壁は完璧です。敵が攻めてこない限りは」と言っているように見えます。

8. その他

 私は、このコラムの記載に関しては、可能な限りの多くの文献や資料を使ってチェックを行いました。それでも不安な点があったので、電力会社への問い合わせなども併せて行いました。

 このコラムは、嫁さんだけでなく、私の子供にも読ませ伝えたいと思っており、可能な限り正確に記載したいと思います。私の誤記や誤解に関するご指摘はどのような内容であれ、歓迎致します。何卒、よろしくお願い致します。

※参考文献:江端さんのひとりごと「やさしい水素爆弾の作り方」http://www.kobore.net/tex/alone93/node23.html

(文=江端智一