補稿:「形式婚 = ゴキブリホイホイ論」は本当に正しいか


1.きっかけ

今回のコラム、 [『結婚を計算する』第8回] 事実婚に形式婚と同様の法的地位を認めない限り、少子化の進行は止められない理由の脱稿直後の原稿を読んで頂いた編集担当者さんから、以下のコメントを貰いました。

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(1)婚姻の成立要件=両姓の合意+婚姻届であり、届出だけの「形式的な法律行為」との表現は 誤解を生む可能性があるかもしれません。

(2)「結婚しやすく離婚しにくい」との箇所ですが、

■婚姻の成立要件=両姓の合意+婚姻届

■離婚の成立要件=両姓の合意+離婚届

ですので、システム自体は同じかと個人的には考えています。

離婚の場合には、トラブルを抱えていることが多いため スムーズに事が運びにくいというのは確かですが、必ずしも司法の許可を受ける必要もありませんので、編集の際に、そのあたりの表現を改めさせていただいています。

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このコメントを頂いた後、私は、今回のコラムのロジックを最初から見直すことにしました。

2.編集担当者さんへの回答

上記頂いた2つのテーゼに対しまして、以下、江端見解をお知らせしたいと思います。 (というか、私の考え方の整理の為であり、議論・反論という意図はありません)

2.1 上記(1)について

全面的に拝承です。憲法第24条に「両性の合意」という規定が明文化されておりますので、形式的要件の他に実体的要件が存在すると認められます。

ただ、ちょっと疑問に思うのは、憲法で規定された「両性の合意」という明文を、なぜ民法では、これを婚姻の登録要件として明文規定を試みなかったのか、という点が気になっています(後述します)

2.2 上記(2)について

次に、上記(2)のテーゼについては、江端の考え方のベースが、産業財産法の特許法にあることに起因していると考えます。

特許法では、特許権を発生さえる為の特許登録要件は恐しく厳しく、しかも専門官庁(特許庁)が徹底的な審査を行います。

そのようにして発生した特許権の効力はもの凄く強く、一つの会社を完全に廃業に追い込むことを可能とする「民法特別法としては、史上最強の法律」とまで言われているそうです(知財法のゼミで教えて貰いました)。

したがって、この特許権を葬る規定も、完璧に限定列挙されていまして、またその要件は滅茶苦茶に厳しくて、簡単に特許権は殺せないことになっています。

さて、ここで、民法第2章、第731条から始まる「婚姻」について見てみますと、

■(本文にも書いていますが)実体的な婚姻成立要件が明文化されていない。

■また、婚姻関係にある者の保護は滅茶苦茶に厚い

■しかし、婚姻関係の無効の要件に関しては、限定列挙されている。

と把握できます。

(本文にも書いていますが)、婚姻によって発生する権利の成立と消滅のバランスが悪すぎるように感じるのです。これほど成立要件が甘いのであれば、離婚の規定を一般法(民法709条の損害賠償)だけに任せても良いような気すらします。

極端な話をすれば、

(Step.1)結婚は両性の合意で成立するのであれば、離婚も両性の合意で成立すると類推しても良い(というか、定説のようです)。

(Step.2)ここに「両性の合意」とは、双方がYesという意味であるので、その通りの意味で、「両性の合意」なしでは婚姻契約は放棄できないとして、それを明文化してもよかった筈である。

(Step.3)あるいは離婚における「両性の合意」とは、結婚の合意の継続状態であると考えに立つのであれば、片方がNoと宣言した段階で、婚姻契約は解消される、という解釈し、それを明文化してもよかった筈である。

(但し、上記(Step.2)(Step.3)のいずれも、社会通念上、合理性のない極端な意見であるというのは、私ですら同意できます。)

あるいは、

(Step.4)離婚に関する限定列挙(770条第1項)など規定せず、すべて判例に因れば良いとも思えます。特に離婚に対する考え方は、時代に変動して流動的であるので、運用としては、こっちの方が現実的である。

と思えます。

ここで第一の疑問が生じました。

―― なぜ、法は、そのような上記3つ(Step.2からStep.4)のような規定または運用をしなかったのだろう。

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ここで、私の「ゴキブリホイホイ論」が再登場します。

先ず、「結婚は国家のプラットフォームである」を検証用の仮説として置きます。

この仮説に因れば、

(a)実体要件をほとんど問われない「紙切れ一枚」の婚姻届けの制度も、また結婚後の不当な程に厚い法的保護も、「全国民を結婚という制度に縛りつける為」と考えれば、筋が通る。

(b)770条1項を規定したのは、このように明文化することによって、「結婚に失敗しても、離婚はちゃんとできるんだよ」というアナウンスをすることで、結婚に関する閾値を下げて、安心させることで、結局は上記(1)と同様に、全国民を結婚という制度に向わせている、と考えれば、筋が通る。

と認められる。

つまり、

(i)婚姻届け、

(ii)法的身分の保証と保護、

(iii)不同意時の離婚の要件の明文化

は、

―― すべて、全国民を結婚という制度に巻き込む込む為の(悪く言えば)「陰謀」である

と考えれば、きれいに話の筋が通るように感じます。

では、なぜ、そのような「陰謀」を国家が謀らねばならないか、というとになると、「結婚は国家のプラットフォームである」からである、と考えられ、ここに、上記仮説の検証が完了する、と考えています。

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しかし、(仮説検証後であっても)ここで第二の疑問が生じます。

「結婚は国家のプラットフォームである」とするのであれば、離婚を認めない制度が一番簡単です。なぜ、国家はこのような運用と法定をしなかったのか。(結婚ブラックホール論、とでも言いましょうか)

私の「ゴキブリホイホイ論」のメタファは、結婚という制度に「入りやすく」、そして「出にくく」しているという点にありますが、この「出にくく」の部分が重要だと考えています。

国家としては、「結婚=ブラックホール」としてしまうことが望ましかったのかもしれませんが、それをすると、逆に、多くの国民が結婚を忌避し、ひいては戸籍制度が崩壊し、現行の我が国の国民の把握(人数や税金、不動産等の財産)が難しくなってしまいかねません。

ですので、「ゴキブリホイホイ」程度の強度の婚姻制度を法定したのだろう、と考えられる訳です。

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民法の概説した書籍などを読めば、「婚姻」についての各種の学説や定説などがキチッと書かれていると思うのですが、間違っても、私の「ゴキブリホイホイ論」みたいなことは書いていないと思いましたので、そのような調査は敢えてしませんでした(でも、定説で論じた方が、ラクだったかもしれません)。

3.今回のコラムの狙い

近年、事実婚に関するトレンドが高まっていますが、

■形式婚のメリットもきちんと理解しておいた方がいいよというアドバイス

と、

■この形式婚のメリットが、少子化の要因となっているという一つの「皮肉」

を提示してみたつもりです。

2014年4月17日 江端智一