「革命家の血統」
いかなるアプリケーションのエラーがあろうとも、ユーザ領域のメモリ空間をきちんと管理し、決してシステムそのものをダウンさせない。
それが「オペレーティングシステム(OS)」と考えてきた、私たちソフトウェアエンジニアの常識を平気で踏みにじり、ワープロやお絵書きソフトごときのアプリケーションのダウンで、簡単に巻き添えを喰らい、ブルー画面に役にもたなないレジスタの情報を出力してダウンする、
世界最低最悪OS、Windows。
ところが、私は、ここ2年くらい、HP社でWindowsNTにSP(「サービスパック」と呼ぶらしいが、正直に「バグフィックスバージョン」と言えば良いのに)のバージョン5を当てたものを使って来ました。
その間にOSがダウンしたのは、わずか一回。
アプリケーションのメモリ確保の桁を、3桁ほど間違えた時に、落ちました。
その時も、ファイルシステムを消去してダウンするという、信じられないような非常識な落ちかたをしたのですが、それでも、2年間で一回と言うダウンは、非常に少ない回数であると言えます。
HP社では、開発中の製品のテストをするために、システムが許容するリソースの7倍以上を消費させ、自動スクリプトで72時間以上の過激なストレステストを実施してきましたが、Windows NT SP5は、3ヶ月もの長い間、このテストに耐え抜きました、
これまで、Windowsをボロクソに言ってきましたが、長い月日を経て、ようやく信頼しても良い時期に来たのかもしれないな、などと思いはじめた、そんな矢先のことした。
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先日、3歳になる娘に、Webブラウザでディズニーのキャラクターを見せていた時のことです。
娘が自分で、マウスを使って操作をしたがったので、私はパソコンの前に娘を座らせて、そのまま部屋から出ていきました。
数分後、私が部屋に戻ってくると、娘がしゅんとした顔をして肩を落して、私の方を向いているので、不思議に思ってパソコンの画面を覗いてみると、あの忌しいブルー画面が表示されていました。
意表を突かれた思いで、娘の方を見ると、娘は、下を向いて小さな声で「ごめんなちゃい」と呟いていました。
娘は娘なりに、何かまずいことをしてしまった、という認識があるようでした。
私は娘を抱き上げ、腕の中に包み込んでから、優しく囁いてやりました。
「よくやったな。それでこそ、我が娘だ」
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私が、日立製作所とヒューレットパッカードカンパニーの威信をかけて、テストシナリオを作成し、可能な限りの苛酷な条件下で実施した、あの過激なストレステスト。
そのテストですら落とせなかったWindowsNT SP5を、娘はマウス一つを使って、数分で破壊しました。
―― 革命家の血統
それは、親から子に継ぐ正統な血の証。
娘の中に、確かに息づく私自身を見て、私はとても嬉しく思いました。
しかし、同時にそれは、「破壊」と「敗北」の血脈、決して開花させてはならない才能でもありました。
娘のこの才能を封じ込めることこそが、私の親としての最大の任務であり義務であると、娘を胸に抱きながら、しっかと決意した私でありました。
(本文章は、全文を掲載し内容を一切変更せず著者を明記する限りにおいて、転載して頂いて構いません。)