江端さんのひとりごと 「逢いたくて、逢いたくて、逢いたくて」 2003年8月8日 最近は、面白いCDが発売されているようです。 先日、自家用車で、名古屋の実家に帰省したのですが、その際、嫁さんが Tsutayaで借りてきた「失恋ソング集CD」を聞いているうちに、懐かしさが込 み上げてきました。 1.DESTINY / 松任谷由実、2.慟哭 / 工藤静香、3.M / プリンセス・プリン セス、4.悲しみが止まらない / 杏里、5.I Love You, SAYONARA / チェッカー ズ 等々 そうかぁ、これって失恋ソングだったのかぁ、と改めて感心したりしていま す。 しかし、これらの歌を聞いた妻子持ちの現在の私の感想は、 『揃いも揃って、あの頃の若い奴って「馬鹿」』 - 親友に恋人を盗られて、友人と恋人を同時に紛失するという、極めて不注 意な恋愛と、極めて質の悪いインモラルな友人や恋人しか持てなかったと いう、自己懺悔の歌(悲しみが止まらない/杏里)や、 - 恋人を、ポケットに入れて移動したいという、猟奇なモバイル願望(心の 旅 / チューリップ )など、 愚か者、あるいはストーカーまがいの願望を指彈されても、抗弁の余地のな い歌の数々です。 ----- このように私は、歌の歌詞が気になると、徹底的に気になるほうです。 例えば、さだまさしの「檸檬」 ♪食べかけの檸檬、聖橋から放る。快速電車の赤い色がそれとすれ違う 列車運行業務に対する業務威力妨害の最たる犯罪行為です。 ダイヤの乱え程度ですめば良いですが、御茶の水駅付近での車両の脱線とも なれば、人命への影響は必至です。 てな話を、新婚の時に嫁さんにしたことがありますが、賛同の言葉を頂くこ とはできませんでした。 閑話休題。 ----- 当時アイドルであった原田知世主演の映画、「早春物語」の挿入歌 ♪逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて あなたにすぐに・・ を聴きながら、『ああ、これも美しい歌詞だな』と思いつつも、「逢いたく て」を3回も繰り返すような恋愛だけは、遂にすることはなかったな、と自分 の若かりし日を思い返していました。 ----- 最近、自分の妻がどんどん若返って、最後には子供に戻ってしまうというド ラマがやっているということで、一度だけ嫁さんにつきあって見てみました。 最近のドラマのテーマは、理系に傾むきつつあるんだなあ、と期待しながら テレビの前に座っていたのですが、 ----- 人為的に誘発された若さは、その増大量に比例する速度で老化する てなセリフが出てくることもなく、ましてや遺伝子学とか分子生物学の話な ども全然出てこなかったので、それっきり見ることを止めてしまいました。 ドラマを見ている嫁さんが、「もう一度、若い頃に戻ってみたい?」と尋ね られて、私はその意図が分かりかねて、嫁さんに尋ね返しました。 私 :「どうして、そんなこと訊くの?」 嫁さん:「だって、人生を若い頃からやり直せるんだよ」 私 :「私に、あの時代に遡れと?」 どこに行ってもユーミンの歌が待ち構え、クリスマスともなれば、「ロッジ で待つクリスマス」をスキー場で待機することを人生の目的にしているだけの 若者が溢れる大学のキャンパスにあって、100通りの女の口説き方と、後戯に は、背中を見せて寝るようなことはしないでやさしい言葉をかけるんだ、とい う下らないアドバイスだけが掲載されていた「ポパイ」という名の低能雑誌が、 飛ぶように売れていた、そういう時代にあって ----- 週7日間の学費稼ぎのアルバイトと、70年代安保のノンセクトラディカルの 思想の偏向したごく一部だけを引き継ぎ、時代錯誤の闘争スタイルを振り翳し、 一般学生から離れることを「孤高のスタイル」と勘違いし、全ての享楽に背を 向けて生きることが、かっこ良いと勘違いしていた ----- 軟派も硬派もどっちの道も、馬鹿馬鹿しく阿呆らしいあの時代に戻って、も う一度あの訳の分からん道を歩き直せ、と? 「絶対、嫌」 私は、その場で断言しました。 ----- と言いつつも、ただ一つ、若い頃にしかできないことであるのなら、「逢い たくて」を3回も繰り返すような恋愛だけは、是非やってみたかったなと思う ことがあります。 かねがね私は思っているのですが、「恋愛」というのは才能の一種であって、 「恋愛ができる」ということは、「走り幅跳びで10メートル飛べる」とか「特 に勉強しなくてもTOEICで900点をコンスタントに取れる」と同等、あるいはそ れ以上の優れた才能の産物だと思っている訳です。 なぜか。 『好きだった女の子に電話したら、「結婚した」旨をご両親に教えて貰った』 『ここ半年程逢っていないなあと思って電話したら、すでに半年前に振られ ていたことを本人から知らされた』 と言う、私の昔の失恋談を懐述する私に対して、嫁さんは、私の肩をポンと 手を置いて言いました。 「あのね、それ、『失恋』って言わない。第一『恋愛』成立していない」 ----- 紛れもなく、恋愛は才能だと思うし、そういう才能を持って生まれてきて、 人を愛し、笑い、喜び、泣き、疲れ果てた人生を、私は本当に羨ましいと思う のです。 家庭を持ち、仕事に奔走し、日々の生活に疲れていたとしても、「失恋ソン グ集CD」に涙できる人生は、本当に価値のある人生です。 - 「悲しみが止まらない」のは、半年分の研究成果が、全く仮説を裏切る結 果で終った日だったし、 - 「一晩中、泣いて、泣いて、泣いて、気がついた」ことは、共通一次試験 のマークシートを書く欄を一個づつずらして記載していた高校3年の冬の ことだったし、 - 「彼女をポケットに入れて」移動を試みようという物理法則を無視した願 望を持ったことは一度もなく、 - 「ラブ イズ オーバー」を「愛は大袈裟」と誤訳してしまう、 そういう、若き日を過してきた人間よりは ------- 絶対的に価値がある、と、確信します。 (本文章は、全文を掲載し、内容を一切変更せず、著者を明記する限りにおい て、自由に転載して頂いて構いません。)