「アメリカの飯は原則的に不味い」と言う私の定義をひっくり返す街があり ました。 ラスベガスです。 ----- 江端です。 2回目の8日間の夏休みを使って、姉夫婦の小学生の3人の娘達を含む総勢8人 を、5列シート15人乗りのバンに乗せて、ラスベガスーグランドキャニオンー ザイオンの旅から帰ってきました。 いやはや、世の中には恐ろしいものが幾つもありますが、15人乗りのバンの 運転と言うのは、人生最大の恐怖の一つでした。 車幅が分からんのは勿論、車長が全く掴めませんので、内輪差で人を轢き殺 しても、気がつかずに運転を続けたことでしょう。 この旅行中に数人程殺害し、遺体を砂漠の路上に放置しているかもしれませ ん。 さらに恐ろしかったのは、車高。 間違いなく世界最大規模を誇る、あのラスベガスのホテルの立体駐車場に入 りゃしない。 黄色の7フィートのClearanceバーに『ガツン』と引っかかり、後続の車を気 にしながら、後退する恐怖と緊張を、少なくとも、旅の同行者は共有すべきだ ろうと思うのですが、誰も『運転代わるよ』の一言もなし。 まあ、私も米国に赴任して来てから一月の間は、3日間一度は、右側通行を 混乱して、道を逆走していたので、よく分かるのですが、たとえ国際運転免許 を取得して来たとしても、始めての米国での運転は危険ですし、言わんや、15 人乗りのバンを、 世界最大の歓楽街ラスベガスを、 ネオンまたたく大渋滞の夜の道を、 入り組んだホテルの立体駐車場まで、 運転しろ! などと言える訳もありませんが、はっきり言って消耗しました。 もう、あのような車を運転するのは、二度と御免です。 今後は、例え8人の同行者がいようとも、4人乗りの乗用車に、全員を突っ込 みます。 まあ、姉夫婦達は、2列シートをベッドにして、時差ボケ解消に努められて よかったと思いますが、私は、旅行の全工程の90%を運転席、残りの10%を助手 席で過し、5列目シートを目撃したのは、車を返す時に、車内のチェックをし たときだけです。 グランドキャニオンからザイオンに向かう途中、インディアン居留地区の悲 惨なデコボコ道路を、ハンドルにしがみつきながら必死で運転し続け、なんと か山を越えて、地平線の彼方まで広がる、広大なアメリカ大陸が目の前に広がっ た時、私は思わず声を上げました。 「おい! 皆! 見てみろよ!!」 ・・・・・応答なし。 後を見てみると、全員、顔を天井を向けながら、口を空けて爆睡中でした。 ----- 今回の15人乗りのバンの運転で分かったことは、 (1)バス、およびトラックの運転手は、前方の除く全方向の物体を、 全く確認できないこと そして、 (2)例え事故が発生したとしても、自己に責任を感じさせるのは不可 能だろう と言うことです。 運転中の私の願いはただ一つでした。 『事故に巻きこまれたくなかったら、俺に近づくんじゃねえぞ!』 ----- それはさておき、ラスベガスは飯が旨かったです。 と言うか、グランドキャニオンや、ザイオン国立公園も含めて、今回の旅行 全般で、食事情が絶好調。 子供連れでしたので、コストパフォーマンスの観点から、ビュフェ(バイキ ング)ばかりを回っていたのですが、普段より米国の食文化を罵倒している私 としては、その言に偽りなきところを証明できず、困っていたところ、ようや く出てきたのが、最終日の夜のホテル「サーカス・サーカス」のビュフェ。 いやー、よかった。 これこそ間違いなくアメリカの味。 目が覚めるほど不味かった。 特にデザートのケーキは、小学生の娘達も、一口食べただけで、ケーキの皿 をテーブルの中央に押しやる程の不味さで、私も面目を施したと言うものです。 ----- 第1日目(08/10/2001) → フォートコリンズ出発 03:45 デンバー国際空港発7時のフライトで、ラスベガスへ 午前11時、ラスベガス空港にて、姉の家族(大橋家)と合流。 その間、リアのドアの閉めかたの順番を間違えただけで、レ ンタカーのリアウインドウが粉々に大破。 代車がすぐに見つかったが、さらに大きいバンになる。 # 悲劇の始まり →MGMグランドホテル到着 14:00 ジャングルをテーマにしたレインフォレスト・カフェにて遅 い昼食を取る。 夕方まで、自由時間。大橋家はホテルのプールへ、祐子はショッ ピング、私と麻生はホテルの部屋でごろごろ。 →ベラッシオホテル前のフリー噴水ショー 17:00 音楽に合わせて、幅300メートル最高高度70メートルに及 ぶ噴水が空中に水の壁を作る壮大なショー。 気温、極めて高く(40度?)、大橋家全員がボロボロ状態だっ た為、ビュフェにて食事後、ホテルに撤収。 第2日目(08/11/2001) →MGMグランドホテル出発 11:00 ホテルのファーストフードエリアにて、朝食後、グランドキャ ニオンに向けて出発。 →フーバーダム見学 13:00 車が駐車場に入らなかったので、運転手(私)と熟睡中の麻生 が車で待機。内容は大したことなかったらしい。 途中のガススタンドで、サンドウィッチやミルク、ジュース 等を大量に購入し、氷を詰めたクーラに叩き込んでおく(以 後、昼食は全てこのスタイルとなる)。 給油2回。 →グランドキャニオン国立公園入園 18:00 夕焼けのグランドキャニオンを、ヤバパイ・ポイントより眺 める。赤、紫と変化する壮大な眺めを楽しむ。 →カチナ・ロッジ到着 20:00 駐車場スペース皆無。誰かが食事に出た隙を狙って停めるも、 巨大なバンの車長に苦しめられる。以後、出発、停車時には、 乗員8人全員に四方八方を見張るよう指示。 夕食後、眩しい位に輝く帯状に全天を覆う天の河と星、流れ 星に歓声を上げつつ、部屋に戻る。 第3日目(08/12/2001) →マーサー・ポイント 5:30 5時起床。夜明けのグランドキャニオンを見る。 色の変化する様が興味深い。 ロッジに戻り、10:30まで寝倒した後、マズウィク・ロッジ のビュフェにてブランチ。 食事の途中で、土産屋を見に行った大橋家が戻らない。 以後、大橋家の土産屋に行ったままの失踪、度々。 →マズウィク・ロッジ 13:00 頼み込んで、一部屋だけチェックイン。荷物を全部放りこむ。 →ヤキ・ポイント 赤茶けた渓谷が美しい →グランドビュー・ポイント 朝日、夕日には良いポイントと言うことであったが、昼はそ れほどでもない →モラン・ポイント 訪問者の少ない場所であったが、悠然と流れるコロラド川を 望むことのできる、今回の旅行で最も評価の高かったポイン トの一つ。 →デザート・ビュー グランドキャニオン国立公園で、唯一の給油ポイント。 満タンにして、先ずは安心する。 展望台に立つウォッチ・タワーの最上部から、断崖の向こう に地平線まで広がる砂漠を見る。 空が灰色に変わり、強風で砂が舞い上がり、遠くの砂漠に稲 妻が走る。ベランダに出るも雷警報発令で、ただちに撤収さ せられる。 ウォッチ・タワーの一階は土産屋で、予定通りここで一行が 一時停止。 →リパン・ポイント 「あまり知られていないが、サウスリムで一番美しいビュー ポイント」の名に恥じないポイント。 揺らめく黒い雲に覆われた空から、雷が大地に突き刺さる。 渓谷がモノクロの迫力で迫る。 快晴から雷雨まで、様々な色合いを見せるグランドキャニオ ンを、全員、十分に堪能した。 第4日目(08/13/2001) →マズウィク・ロッジ 08:00 前日にスーパーで買い込んでおいた、パン、ハム、野菜で、 サンドイッチを作り朝食を済ませ、ザイオンに向けて出発。 前日地図を睨みながら、どう考えても「ザイオンまで3時間 半」と言う内容を信じられず、朝8時出発を主張(結果とて、 6時間かかった)。 →マーベル・キャニオン 12:30 ナバホ・ブリッジにてトイレ休憩後、やっと出てきたガスス タンドで給油し一安心。 このスタンドで、ホットドック人数分、飲料水などを大量に 購入。 ここから、カイバブの山越えを含む、雨中、65マイル、車幅 限りなく狭い対面2車線の"ATL89"の悪路の開始。 しかし、びびっていたのは運転手だけ。 山越えを終えるころに天気回復し、地平線の彼方まで広がる、 広大なアメリカ大陸が目の前に広がった時も、全員車内で爆 睡の最中。 →カナブ 14:00 ザイオン国立公園まで、あと30分と判断し、ここから義兄に 運転を押しつける。 →ザイオン国立公園入園 14:30 ここから、赤茶けた天まで届くような巨大な岩盤をすり抜け る、本当の悪路がザイオン・キャニオンの谷底まで続く。 →ザイオン・ロッジ 15:30 ザイオンキャニオン・シーニックドライブを通り、ロッジに 到着。アリゾナとユタの時差(1時間)を知り愕然。 翌日のブライスキャニオンの計画を断念、ザイオン観光に徹 することにする。 →ビジターセンタ 現地情報の収集と、お土産の購入。 →スリー・パトリアーチス ザイオンキャニオン・シーニックドライブの一般車両は全面 禁止となっており、シャトルバスを使用することになるが、 数分ごとにやってくるバスは、全く混んでおらず、ガラス張 りの天井から、そびえ立つ岩を眺められて非常に快適。 駐車場の心配もなく、このような快適なシャトルなら、是非 全国立公園で実施して欲しい。 パトリアーチスのビューポイントより、さらに山を登る。 絶景。 第5日目(08/15/2001) →ホース・ライディング 私と麻生を除く全員が、一時間の乗馬ツアーに出かける。 馬がよく訓練されているらしく、楽しいツアーであった、と のこと。 →エメラルド・プール エンジェルス・ランディングのトレイルは、距離が遠くて不 可能だったので、エメラルド・プールを経由して、ロッジに 戻るルート(と言うか、結果的にそうなった)をトレイルする。 真夏の太陽光線が降りそそぐ、1時間程度のトレイル。 途中のエメラルド・プールに落ちてくる滝の水滴が心地良い。 抜けるような青い空と、赤や白の岩壁のコントラストが美し い。 →ナローズ ハンバーガ、ホットドックを買って、ロッジの芝生の上で昼 食。2時間程の休憩(その間、祐子と私はスーパーに買い出し) の後、ザイオンのクライマックス、ナローズに向かう。 シャトルバスを下車後、30分程の舗装歩道を歩き、バージン 川の河辺に出る。 ここが、川の中を歩くトレイルの開始地点となる。 全員で靴を履いたまま、川に突っこむ。 カーゴの中で眠ったままの麻生を背負いながら川登りは、転 倒が許されない。注意深く進むも、時折バランスを崩して危 ない思いをする。 流れを遡って進んでいくと、垂直の岩壁が両側にどんどん迫っ てくる。勿論、川岸などは全くない。「ナローズ」のいわれ である。 トレイル開始40分後に引き返す。 第6日目(08/16/2001) →マンダレイベイ・ホテル ザイオンから一路ラスベガスへ。今日は4時間程度の運転だ から、あまり急がなくていいよ、などと言うもんではない。 折角早起きしたのに、結局、出発は一時間遅れとなる。 ロッジやフロント前の記念写真って、きっと大事なものなの だろう。 サウスゲートを出たところのサンドイッチ屋で、全員トッピ ングのオーダ用紙の質問の内容(英語)に悩む。 途中、インディアン専科の土産屋に立ちより、I-15を一気に 南下。 ホテルのプールで泳いだ後、早めの夕食をホテルのビュフェ で取る。蟹、海老をたらふく食べて満足。 →市内観光 15人乗りのバンを、ネオンまたたく大渋滞の夜の道を抜けて、 入り組んだホテルの立体駐車場まで持っていくストレスで切 れそうになる。運転中の、音楽テープ、ラジオを禁じる。 トレージャーアイランドホテルの海賊ショー、その隣のミラー ジュホテルの噴火ショーなどを見学。質の高いフリーのショー に感心。 第7日目(08/17/2001) →ルクソール・ホテル 古代エジプトをテーマとした巨大なピラミッドのホテルの中 にある、ツタンカーメン王墓の復元展示が圧巻。 日本語用のウォークマンを渡され、神秘的なディスプレイに 引き込まれる。 →リオ・スイート・ホテル テーマは「カーニバル」。 昼食を取り、フリーのカーニバルショーを見るだけのつもり が、カーニバルに仮装して参加できる(参加費10ドル)ことを 知り、(一人を除き)大橋家全員が参加を表明。 自分も参加したいと言う祐子を押さえ、エントリーの手続き と、ビデオ、カメラの撮影スタッフに徹する。 彼等が戻ってきたら、仮装した写真が、すでに引き伸ばされ て綺麗な額縁にはめこまれてられていた。これを買わない奴 はいないだろう。 上手い商売(20ドル)とひたすら感心しきり。 →サーカス・サーカス ラスベガスで最も古く、今回の旅で最も辛気くさいホテル。 サーカスショーの舞台も思いっきりせこいが、二人のマッス ルな男性がみせた人間技とは思えない組み体操は見事であっ た。 食事の不味さでも、今回の旅行でグランプリに輝いた。 だが、それでもフォートコリンズのビュフェよりは旨い。 →トラストスフィア 全員最後の気力を振り絞り、高さ350メートルのタワーから ラスベガスの100万ドルの夜景を望む。 子供達は、駐車場から部屋まで寝ながら歩き、私も早々にベッ ドに倒れこんだが、姉と義兄と祐子は、その後、ホテルのカ ジノに出かけたらしい。 「旅行代金を稼いでこい」と言い残し、私はベッドに倒れた。 最終日(08/18/2001) →ラスベガス国際空港 大橋家一行を空港に送る。 全員、怪我なく元気に帰国できることになり安心する。 →MGMグランドホテル ビュフェで昼食を取った段階で、タイムアウト。 →ラスベガス国際空港、再び 国内線のターミナルの駐車場にバンを停め、荷物を運びこみ、 飛行機のチェックインを終わらせてから、ハーツに車を返し に行く。 この車を捨てて、シャトルバスに乗り込んだとき、安堵の溜 息と同時に、勝鬨(かちどき)の雄叫びを上げたくなった私で あった。 以上