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また、江端が読み安くする為に改行等の挿入も行っております。

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江端智一様

 

私は医師免許を保有しておりますが、幸いなことに臨床で爆傷や四肢轢断症例を経験したことは有りません。ですので江端様の問いに対して正確に答えることは難しいかもしれませんが、耳学問と経験と若干の教科書的知識などをもとにあれこれ考えてみました。

 

まず、血管の損傷といっても、それが持つ意味は

・損傷した血管が太いか細いか

・損傷する血管が動脈か静脈か

・傷が開放創か内部の損傷か

・切創か挫創か

などによって大きく変わってきます。

 

今回は四肢轢断について考察しますが、交通事故などの高エネルギー外傷でも四肢が断裂する事態はめずらしく、血管断端が轢断され露出する状況を医学的に記載した成書は、あるとしたら整形外科の外傷学の分野でしょうか・・・そして見つけられませんでした。

 

無いものは仕方が無いので、条件を出血が動脈の断裂からと限定して、血管径のみを変数として、不正確であるという証拠に目をつむりつつ、概算してみます。

 

まず、血管を鋭利に切断した場合、どれくらいの勢いで出血するか推定する方法を考えました。

超音波検査で血流の流速を求めることができ、血管内径もだいたい分かるので、流速×血管径から求めた血管断面積=概算の出血スピードになるはずです。循環器系の検査を自分でオーダーする事はまずないので、基準値がまったく頭に入っていなかったため、正常値はネット上から得ることにしました。

 

(1)橈骨動脈(手首の親指側を通る動脈で、脈を測るのによく使われます)の流速は、超音波検査の基準値上30-60cm/sec→平均はその1/2-2/3程度→20cm/secを採用http://square.umin.ac.jp/kennsa/echocardiography/text/20000713morita/vascularecho.htmlなど)

直径がだいたい2?2.5mmくらいなので、片方の橈骨動脈が鋭利に切断され、出血し始めた段階では1mmx1mmx3.14x200mm/sec

600μL/sec0.6ml/sec36ml/min 40分で1.5L弱の出血となり、計算上は意識を失うレベルになります。

 

しかし実際には循環血液量の減少により血圧が下がり出血の勢いが弱まることや、さらに、ショック状態では末梢の血管が反射的に細くなり、出血部位も径細くなるため、もっと時間がかかります

(実際には血管断端がむき出しになる状況は余り考えられないため、流出断面に組織や凝血塊による抵抗が発生してさらに出血はゆっくりになるはずです。)

 

腕を心臓より下におき、傷口を湯につけて血管を広げるとともに血液が凝固しないようにすれば、失血死する可能性もあると思われますが、実際には出血によって血圧が十分に下がった場合、傷口が深いためにそこに凝血塊が形成されて、絶命する前に止血する可能性もあるような気がします。

 

(2)では、大腿動脈ではどうでしょう。太ももの付け根から始まり、大腿?下腿へ血液を送る動脈です。直径は8-10mm、流速基準値は60cm-1m/sec→平均はだいたい30-60cm/sec程度

 

片方の大腿動脈が鋭利に切断された場合4mmx4mmx3.14x300mm/sec15ml/secの出血です。断端がむき出しになる状況であれば、計算上は2分ほどで意識を失い、失血死の可能性があります

 

ただ、下記に示す心拍出量との比が大きすぎるため、実際にはこれよりも流量は少ないはずです。また、断端が露出することは通常あり得ないですし、血圧が下がればやはり動脈径もそれにつれてある程度まで細くなるので、あくまで理論値です。

 

計算が不正確である根拠@

安静時に流れる血液の総量は、心拍出量(=1回拍出量x心拍数)60mlx80/minくらい=80ml/sec5L/min程度です。これが、全身の動脈を流れる血流量の総和であり、末梢血流の合計が心拍出量を超えることはもちろんあり得ません。

 

安静時には内臓・脳・腎臓を循環する血流で心拍出量の半分を占めますので、末梢血流は合計で40ml/secに満たないはずです

http://www.lab2.toho-u.ac.jp/med/physi1/cardio/cardio13/cardio13.html)。

 

しかし、上記計算では大血管に心拍出量に匹敵する血流があるような数字が算出されます。これは、超音波検査で計測した流速の正常値が、血管中央付近の流速を掲載しているせいだと思います(血管壁の付近は流速が遅いのです)。

 

ただ、切断時には切断部位より先の末梢抵抗がなくなるため、かえって流速が増す可能性もなきにしもあらず・・・また、運動時は心拍出量は5倍程度まで増え、筋肉など末梢系にまわる血流は300ml/sec以上になりますので緊急時心拍数が増えたときには同様に出血を助長する可能性も有り・・・ややこしいですが・・・以下、とりあえず正常の動脈流速の最低値を利用して、さらに平均流速値が最大流速の1/2-2/3であることを利用して計算を強引に行います。

 

実際には豚などの実験動物を利用した生体による実測が必要な気がしますが、文献の検索は行っておりません。

 

計算が不正確である根拠A

血管は、切断のされ方によって出血の勢いが変わると聞いたことがあります。鋭利に切断した場合は出血しやすく轢断した場合などではやや出血しにくくなるそうです。理由は、

 

@動脈の壁には豊富に平滑筋が存在し、轢断された場合、平滑筋が反射で収縮し、断端が縮む(攣縮を起こす)のに対して、切断ではそのような反射が起こりにくい、(動脈の平滑筋は、血圧が低下した時にも反射で縮んで末梢を締め付けて血圧を保ちつつ、同時に出血を止める働きがあります。)

 

A轢断では血管内皮が傷害され、これが血液の凝固のスイッチを入れて血の塊ができ止血のために働が、切断では血管内皮の損傷がわずかであり、血栓形成促進が起こりにくい、

 

B周辺の組織を巻き込んで切断されるため、血管断端が完全に露出しないことが多い(反射による血管平滑筋の収縮も一因)ためです。

 

ですので、轢断された血管断端からの出血は、理論値よりもさらに少なくなると考えております。

これに加えて、出血が続けば血圧が低下し、そうすると出血しにくくなり、時間当たりの出血量さらには減っていきます

 

なので本来は出血による血圧低下の変化量を加味したり、血管攣縮による動脈径の変化などを勘案しつつ出血を積分する必要があります。(自分ではできませんし、データを見つけることもできませんでした。)

 

(3)爆傷で足首以下を瞬時に失った場合

動脈損傷を伴っていると仮定した場合、前脛骨動脈、後脛骨動脈、腓骨動脈の末梢が断裂します。橈骨動脈切断とほぼ同レベルの血管プラス1-2mmほどの血管×2本が断裂することになります。の事態が発生するはずです。

 

受傷直後には、橈骨動脈1.5本分ほどの出血となり、前述の計算式から0.6x1.5=0.9ml/sec=54ml/minの出血量となります。動脈以外に筋肉、毛細血管、骨断端などから出血しますが、それらは時間が経てば(血圧低下の影響も含めて)初めよりも出血がゆっくりになると思われます。

 

また、引きちぎられている、強い痛みを伴い、神経反射から血管の攣縮が起こる、などの条件から、動脈からの出血は橈骨動脈切断時の理論値よりもややゆっくりの出血となるはずです。

 

それでも放置した場合に動脈から出血が持続したと仮定して、30-60分で意識を失うレベルになる可能性があると思います。動脈断端がきれいに露出するような受傷具合だった場合には止血されづらいので、60分ー120分ほどで絶命するのではないでしょうか。

 

慌てつつも、意識を失う前に切断端より上で足を縛り、出血が止まるまできつく絞り上げてから病院に行く必要があります。

 

病院では、補液と必要なら失った血液の補充、止血(電気メスで焼き止めるか、針糸で縫い止めるか、包帯で圧迫するなど。骨の断端には専用の蝋(骨蝋)を塗り込むこともあります)で救命した後に、飛び出した骨を切って肉と皮膚で覆って断端を整えることをします(断端形成術、整形外科と形成外科の分野)。感染が懸念されるため、抗生剤による治療も行われます。

 

運悪く病院にたどり着くことができない場合、自然治癒に任せます。縛り上げた部分より上には機能的に問題が無いという前提です。

 

縛った先が腐って落ちる、動脈断端が肉芽で覆われて止血される、肉芽の上に皮膚が周辺からはってくるのを待つと、栄養状態が良ければ数日で止血、数週で血の通わない肉が落ち始め、1ー2ヶ月で肉芽が盛ってきて、数ヶ月で皮膚で覆われてきます

 

可能なら血の通っていない部分を早めにそぎ落とすと治りがいいでしょう。・・・ただ、骨は自然に落ちないので、骨が飛び出た形で治癒する事になりそうです。そうすると、骨髄炎も起こすでしょうし、骨には皮膚がはらないので、骨の周囲からも感染も起こすと思います。

 

病院の無いような状態だと、感染のコントロールもできず、栄養状態も悪いでしょうから、断端がキレイになる前に亡くなる可能性も十分にあり、長期生存は厳しいように思われます

 

(4)列車で片方の足首以下を轢断した場合

出血のレベルはおそらく爆傷と同じ程度と思われます。駅構内であれば救急隊によって強制的に止血・救命され、頭などを強打して意識を失っていなければ意識を保ったまま病院送りとなると思います。

 

(5)列車で片方の膝ー膝下レベルを轢断した場合

動脈径は5mm8(10)mmくらい、計算上の最大値は2.5mmx2.5mmx3.14x流速200mm/sec程度 から 4x4x3.14x流速300mm/sec程度、つまり、最大で動脈から4ml/sec 15ml/secの出血となる計算です。1分では計算上240ml900mlとなります。

 

血管攣縮や、出血で血圧が低下傾向となった場合には上記より出血が徐々にゆっくりになりますが、2-3分から10分で意識消失20分以内に失血死してもおかしくない出血量です。

 

ただ、血管攣縮が高度で出血が想定よりゆっくりになり、駅員によって傷を心臓より上に持ち上げた状態で圧迫止血、救急隊が10分以内に到着し、急速輸液、マンシェットによる応急止血がほどこされれば、救命される可能性は十分ありそうです

 

(6)列車で両側の大腿レベルを轢断した場合

大腿レベルの轢断が、キレイに片足だけ起こることは考えにくかったため、大腿レベルは両側切断を考えます。

 

これまでと同様、轢断時に血管がどれくらい攣縮してくれるかによって意識消失ー絶命までの時間が変わってきますが、攣縮が軽度でまったく止血操作をしない場合に前述の 片方15ml/secで出血したとして、両側で30ml/sec1分程度で意識消失(痛みや衝撃で受傷直後に失神している可能性も考えられますが)、計算上、2-3分で失血死のレベルに達します。やはり心拍出量に対する割合が大きすぎる結果で、実際にはもっと出血が少ないはずです。

 

しかし、救急隊到着時にはすでに相当に大量に出血したあとで、血管確保も困難で輸液もままならず、印象としては受傷10分後に心臓が有効に拍動している可能性は低いように思われます。

 

列車の車輪で大腿骨が瞬時に破砕される衝撃と疼痛で意識が保っていられるかどうか、、、股関節と椎間板が衝撃をどれくらい吸収してくれるか分かりませんが、脳にも相当の衝撃が加わり、脳しんとうを起こす可能性はあるかもしれません。

 

(7)列車で骨盤以上を轢断した場合

瞬間的に体を轢断するレベルの高エネルギーが列車の車輪から骨盤・脊椎に直接加わるため、脊髄、脳に相当の衝撃波が伝わり脳しんとうを起こすような気がします。

 

また、神経を直接断裂するという激痛により失神可能性も高いように思います。ですので、失血前に意識を消失する可能性が高いように思います。

 

内外腸骨動脈?総腸骨動脈レベル以上、場合によって大動脈レベルの損傷ということになり、大腿動脈4本分に近い量?それ以上の出血が予想されます。

 

計算上は60ml/sec以上の出血となりますが、これは安静時の心拍出量と同レベルの数字であり、実際には多くてもこの半分くらいな気がします。

 

ただ、受傷直後は心拍数が上昇しているはずで有り、心拍出量が増えていれば、瞬間的にはこのレベルの出血が起こる可能性も少しあるような気がします。

 

直径10mm級の動脈が複数開放状態となれば、血流は抵抗の少ない損傷血管へ流れる可能性もあるため、心臓で拍出した血液がそのまま損傷部位へ流れれば、もしかしたら理論値に近い出血もあり得るかもしれません。

 

予想としては、受傷とほぼ同時の意識消失、その後1分以内に絶命レベルの失血となる可能性が高いと考えられ、受傷の衝撃で意識を失ってから痛みを感じないまま絶命するのではないかと考えます。

 

ポワズイユの定理について

血圧の理解のために、生理学でポワズイユの定理を学びます。これは、剛体円筒管内を流体が流量 Q で流れているとき、円筒管両端の圧力差Δ P、円筒管の半径r、長さl、流体の粘度ηの間に、Q =[( π r 4 )/ 8 η ][ Δ P / l ] の関係があるというものです。

 

書き換えると、Δ P(血圧) = Q(心拍出量)×[8ηl/(πr4)]となります。

 

[8ηl/(πr4)]は臨床的意義として末梢抵抗と解釈され、血圧は心拍出量(Q)と血液の粘度(η)に比例し、血管の半径(r) 4 乗に逆比例する、という意味があります。(http://physiology.jp/wp-content/uploads/2014/01/066070234.pdf

 

というわけで、血管径が小さいほど抵抗が大きく、止血も容易です。わずかに血管径が大きくなるだけで加速度的に抵抗が小さくなり、止血が困難になります

 

これに加えて時間当たりの出血量も急増します。ですので大血管損傷は非常に怖いです。(心臓や脳の血管が細くなるとまずい理由もこの定理を見るとよく理解できます。)

 

はるか昔に聞いた話ですが、とある外来にヤクザがナイフをもっていちゃもんをつけに来たそうです。主治医と話して落ち着いたヤクザは、ナイフの刃を出したままポケットにしまい、椅子に座ったそうです。ところが、座った拍子にナイフの刃はポケットを貫通し、大腿動脈を損傷、大腿動脈は中枢を圧迫止血することも難しく、ヤクザが錯乱してすぐに止血できなかったなどが重なって失血死してしまった、という話しを聞かされたことがありました。この話しの真偽は不明ですが、大血管損傷が恐ろしいのは本当です。

 

動脈は、血管壁に強力な結合組織を含んでいます。血圧で破れないようにするためです。例えば血圧130mmHgは、17kPaを超していますし、220mmHgでも正常な血管はまず破れません

水銀柱でなく、水柱で測定しようとしたら大変です・・・、水銀が常温で液体で存在してくれたことに感謝します。

 

これだけの圧力に耐えられるだけの強さと、運動しても裂けないしなやかさを持っている上に、動脈は体の深部を通過します。ですので、通常太い動脈を損傷する事態を考察する必要性はありません

 

自動車事故などの高エネルギー外傷でも、骨が折れて肉が裂けて同時に動脈も損傷する、ということはあっても轢断という状況はあまり無いと思います。今回は列車による轢断、地雷原による爆傷という前提条件があるため血管が切れたらどうなるかを中心に考えて見ましたが、この機会が無ければおそらく一生考えることの無かった事象と思います。

 

他の意見も聞いてみたいところでしたが、同僚・上司に相談したら仕事しろと怒られそうですのでこのあたりで考察を終了いたします。

 

少しでもお役に立てれば幸いです。

それでは乱筆失礼いたしました。