緑色の番号等は、江端の理解の為に記入したものであり、「シバタレポート」原文には記載のない事項です。

赤色または黒字の強調、太文字は、江端が江端の理解の為に、「シバタレポート」に独自に記載したものであり、ご著者の意図を反映したものではないことに御留意下さい。

また、江端が読み安くする為に改行等の挿入も行っております。

(上記は、シバタレポートご作成本人のご連絡で、即時かつ無条件に元の状態に復帰致します)

 

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江端智一様

 

いつも防備録ならびにEETでの連載を楽しみに読ませていただいております。

 

本日送付いただきました未公開原稿を拝読させていただきました。

本編中の切腹のくだりで気になった点があり、メールさせていただきました。

感じた疑問点は、切腹で絶命することは果たして難しいことなのか、です。

 

そこで、wikipediaで切腹の項の中の作法を読んでみました。

「左から右へ刀で突き立て(中略)刀を引き回す」とありました。

 

腹部の正中やや左の点から十数センチメートル奥には、大動脈が脊椎の前面に固定された形で下降しています。

正中やや左の点からまっすぐ抵抗を感じるまで刃を立て、脊椎に沿って左に引く手順を正確に行えば、ほぼ確実に大動脈を損傷することが可能です。その場合、意識の消失までは数秒から10秒前後で済むはずです。

 

根拠としては、循環血液量は4L前後、失血死に必要な出血量はその半分くらい心臓の1回拍出量は50ー70ml程度、痛みで心拍数が上がるなども考慮すると20ー30秒くらいで失血死確定の出血量に達すると思われます。

20ー30秒も意識があるのは辛いところですが、血圧を保っていた血管という閉鎖系が開放されるため、血圧はそれよりもかなり早く低下し、それに伴って失血死が確定するよりも相当早く意識が消失するはずです。

 

ただ、刃先が大動脈に届かない場合、大出血を起こすことは難しくなります。刃先は腸管に当たりますが、腸管はしっかり固定されていないので、刃はなかなか刺さらずに腸を押しのけてしまいます。この場合には、失血死が難しい状況が起こる可能性が高くなると思います。(仕事柄、マウスに腹腔内注射をときどきしていますが、テルモの鋭利な注射針でも腸管損傷を起こすことはごく稀です。やや極端ですが水槽に浮いた肉を包丁で切ることができないイメージを想像していただければと思います。これに対して、大動脈は脊椎前面に固定されている上に高圧で張りがあるため、メスで撫でるだけで簡単に切断されます。)

 

私の結論としては、作法通りの手順で切腹した場合、高確率で10秒以内に意識を消失しその後速やかに絶命に至るというものです。ただ、作法通りに刃を後腹膜に到達するまで深く突き立てること自体が常人には難しく、だからこそ切腹の作法の中に介錯というシステムが組まれたのだと思います。

 

轢断のエネルギー計算のために介錯の際に必要な剪断力の計算を導入としたのが本編の本筋ですので、本メールは本編から離れた重箱の隅をつつく内容となってしまいました。

また、実際問題として切腹を作法通り行うことは難しそうですので、上記内容が江端様の原稿に影響を与えることはなさそうです。

江端様にならって切腹を数字で回してみた、ということで、御一読いただければ幸いです。

 

ご多忙中大変失礼いたしました、返信は不要です。

それでは、本原稿のEET掲載版を楽しみにしております。