江端さんのひとりごと 「郷に入っては郷語を使え」 2005年2月1日 私は外国語が苦手です。 また、日本人は、外国語(英語)の修得に関しては、世界最低レベルと数値評 価されています(テスト母集団に関して疑義はあるのですが)。 これに関しては、私がインターナショナルのコミュニケーションに関して、 数多くのエッセイを提出しておりますので、そちらをご参照いただくことと致 しまして、「インターナショナルのコミュニケーションにおける大原則」と私 が信じるものについては、まだ記載していなかったように思います。 今回、よい機会ですので、これについて若干意見を述べさせて頂きたいと思 います。 ----- 実は、今、カンファレンスの聴講でパリにいます。 朝9時から夜の7時までのぶっつづけのプレゼンテーションで食傷気味ですが、 国家プロジェクト(通称「国プロ」)で、お国からの任務を頂いている身の上 でありますので、アメリカ英語、英語は勿論として、フランス英語、イタリア 英語、スペイン英語、中国英語、その他の各種の英語のキャッチアップに終始 しております。 このカンファは、フランス料理2品のア・ラ・カルトとデザートが昼食として 提供され、味も良いのですが、このランチで花咲く技術議論が、私にとっては 耐え難い苦しみです(日本人は一人もいないし、いたとしても関わると面倒な 仕事が増えそうだし)。 機関銃のように発せられる昼食の英語の中には、時々のフランス語の実弾も 混じって、とても辛いです。 カンファとしては、コミュニケーションを発展させて、ワーキンググループ (WG)を活性化させたいという狙いがあるのは分かるのですが、一人で静かに本 でも読みながら食したい人間もいるのです。 なかなか理解して貰えないようですが。 カンファの内容は期待通りで、先ずは満足しているのですが、ただ、一昨日、 昼食で知り合ったムッシューには、勿論善意であることは分かっているのです が、氷点下の極寒のパリの街を3時間連れ回されて、ようやく開放してもらえ ました。 フランス革命のギロチン台に消えた貴族たちの不気味なスタチュー達が並ぶ、 暗闇の冷凍庫の中での3時間。 実に辛かったです。 出国前に 「旅行の予定? カンファの聴講とホテルでレポートの作成と、特許の 執筆だよ」 と答えたところ、嫁さんから 「もしパリ観光もせずに帰ってきたら、離婚するからね」 と脅されました。 アジアや北米の大自然に涙する江端さんとしては、人間が生み出した文化遺 産は、どちらかというと、あまり熱心な興味の対象ではないのです。 しかし、嫁さんに離婚されるくらいなら、寒くて、暗くて、人がいなくて、 辛気臭い冬のパリであろうとも、時差と10時間の聴講の後でヘロヘロの状態で あろうとも、危険満載のパリのメトロを、全身から『近づくんじゃねえ』オー ラを発しながら乗り回しています。 今日たまたま、ルーブル美術館が夜の9時45分までやっているということが 分かり、先ほど深夜のメトロを経由して帰ってきたところです。 ノートルダム寺院の内装(いきなりガキにスリやられそうになりましたが)、 ルーブルの中庭も、確かに凄いと思いました。 一つ一つのスタチューの規模と品質を見るにつれ、権力の金の使い方とパリ 革命が起こる(民衆が激怒するのは当然)のも無理はない、と思いました。 空腹と喉の渇きに耐えながら(単に夕食を取る時間がなくて、水を買うのを 忘れただけですが)、極寒の真っ暗な巨大な広場の中で立っていると、権力者 に対して言われもない階級的怒りがふつふつと沸き起こり、そのままルーブル 美術館(かつての王宮)に向かって対地対空戦車砲をぶっ放ちたく衝動に駆られ ました。 ルーブル美術館というところは、めったらやったらでかいのですが、それで もDENON(ルーブルのセクションの1つ)は全部流しました(歩いていただけ)。 モナリザなんぞ、そんなに良いかなという感じでした。 キリストには食傷気味です。しばらくの間は聖書は開きたくない。 ローマ時代の彫像の方が、官能的でよかったと思います。 それと、自分の乳房を手で隠している少女の絵(多分、有名な絵だと思いま す)があったのですが、乳房を自分の掌と腕で十分に隠しきれていないところ が、形而上学的なレベル(?)においての限りなく官能が刺激されました。 なんか、上記の記事を見ていると、私はスケベ目的でルーブル美術館に行っ たみたいな誤解を与えるので、もう止めておくことにしますが、「ルーブル美 術館、官能絵画・彫像集」が出たら、買ってもいいな、と思っています。 その後、一人でパリの街を徘徊したところ、観光客のフランスの小母さんに、 「ムッシュー」と声をかけらえて、道を尋ねられました。 『私ゃ、ジャポネだがね』と返事しておきましたが。 昼を食事のメインにおき、朝はカンファのパンとコーヒー、夜は売店で買っ たパンケーキをかじっておりましたが、流石に今日は空腹で辛くなり、ホテル の近くでシシカバブのファーストフード店を見つけて、部屋に持ち帰り、只今、 4ユーロの夕食をホテルで楽しんでおります。 ----- 長い前置きでした。 ここから本題。 私は、世界統一言語というものは、人類が絶滅する瞬間まで、出現しないだ ろうと思っています。 英語ですら、国際語であるというコンセンサスが得られているとは言えない 状況にあります。 大体、米国自身が、英語が通じないマイノリティ対応で、莫大な経費(法律 や書類の翻訳)で頭を抱えているそうですから。 しかしながら、英語が国際言語であろうがなかろうが、その国の中では、そ の国の言葉で喋るのが、大原則の礼儀です。 しかし、それが簡単でないのはご存知の通りです。 そこで、、私の場合は、どの国にいくにも「こんにちは」「さようなら」 「ありがとう」「ごめんなさい」「これいくらですか」「トイレはどこですか」 の6つの言葉だけは、完全に暗記して出かけます。 そして、現地では(たとえ、演技であったとしても)現地の言葉を絞り出そう とします。 どの国にあっても、(たとえ、そこに打算が含まれていたとしても)この2 つの姿勢は、高く評価されます。 私はこのヤラセで、現地で何度タダ飯に・・・いや、もとい、好感を持って 受け入れてもらったことか。 中国でスリにあったとき、中国語で窮状を訴えていると、「英語でしゃべっ ていいよ」と慰めてもらったことがありますし、ネパールでは、警備中の機関 銃を持った軍人さんに、語学の発音の矯正をしてもらったことがあります。 あんまり覚えが悪いと、銃で撃たれるかもしれないという恐怖で、抜群の速 度で日常用語の獲得ができましたが。 『フランスには、英語をしゃべれてもしゃべれないフリをする、いけ好かな い野郎が多い』とよく言われますが、果たして、その当人の振る舞いには問題 はなかったかのだろうかと、考えることがあります。 私の場合、 「申し訳ありませんが、フランス語はしゃべれません。英語でしゃべっ てよろしいでしょうか」 と片言のフランス語で前置きをした上で、英語で質問した限りにおいて、フ ランスの人は大変フレンドリーで親切に対応してくれました。 私達日本人は、英語学習に拘泥するあまり、無礼な振る舞いをしていないか どうか、見直すことも必要かと思います。 "When in Rome, Do as the Romans do" 変じて、 "When in Rome, Speak Roman even if broken" (郷に入っては、でたらめでも郷語を使え) インターナショナルのコミュニケーションの大原則です。 ----- 私が宿泊しているカンファの開催されているホテルで、CMで有名なモードを 学ぶ学園の学生たちも大挙(100人くらい?)して、同じホテルに泊まっていたよ うです。 # しかし、「モード」って何だろう? 「風俗学」"Study of manners and # customs"のことかな? いい歳こいた学生が修学旅行もないだろうから、モード(manners and customs)の勉強なのだろうと思うのですが、皆群れまくっていて、同じ日本人 として傍から見ていて、なんだかとても恥ずかしい。 男だけの5人くらいのグループが群がってパリの市内を観光しているのかと 思うと、日本はホモセクシャルにおいても、フランスよりも先進国なのか、と 思われないだろうかと、余計な心配をしてしまいます。 偏見といわれようとも、男同士ならせめて2名程度で、それ以上のグループ で移動するのであればら、せめて女性を随伴させて欲しい。 シシカバブのハンバーガの店で、私が苦労しながら片言のフランス語で注文 している横で、「『〜を下さい』って、"I want" だったっけ」とか言う日本 語の会話を聞いた時には、 「オメー達はもう日本から一歩も出るな!」 と言ってしまいそうになりました。 これは、私が説教くさいジジイになったこととは、全然別の次元の話だと思 うのですが、どう思いますか。 (本文章は、全文を掲載し内容を一切変更せず著者を明記する限りにおいて、 転載して頂いて構いません)