江端さんのひとりごと 「それでも貴方は特許出願したいですか?」 2002年11月27日 特許関連の資料が山積み(国内拒絶1、米国拒絶1、ヨーロッパ拒絶1、米国継 続出願2(内、一つは面識のない日立のOB))になっており、自分でも何が何だか 分からない状態になっております。 景気よく調子にのって、自分のアイデアを世界各国に特許出願すると、数年 後に、各国から拒絶通知書の嵐となって戻ってきます。 特許出願するだけで、 一生、遊んで暮せる などという夢みたいなことを考えている人も多いようですので、その夢、こ の機会にしっかりと打ち砕いて差し上げます。 まず、「特許出願」をします。 特許明細書の記載方法はとても面倒で、決まりごとの嵐です。 同じ発明が、出願の一秒でも前に誰かによって出願されていたら、その出願 はその時点でゴミとなります。 ゴミとならないためには、その調査をしなければなりません。 特許法成立以来の全ての膨大な出願済みの特許を*全部*調べなければなりま せん(「公知例調査」)。 さて、この段階で該当する公知がなかったとします。 しかし、出願された特許は、1年半の間公開されませんから、未公開の特許 の中に、同じ特許があっても、やっぱりパーになります。。 さて、この出願した特許は、3年間ほっておくと、自動的に消滅し、何もな かったことになります(出願を取り下げたと見なされる)。 特許出願を、「特許権」にするには、3年以内に特許庁に対して「審査請求」 なる請願をしなければなりません。 審査請求をすると、ほぼ100%、特許庁から「この発明は受付られん!」と拒 絶を打たれます(「拒絶通知」)。 この拒絶を取り下げて貰うために、特許請求の範囲を小さくしたり、意見書 を提出したりしますが、なお受けられないと言われれることがあります(「拒 絶査定」。 拒絶査定を取り下げて貰う為には、「拒絶査定不服審判」という裁判フェー ズに突入します。 こうなると舞台は、東京高等裁判所に移ってしまいます。 この裁判で、差し戻し命令が仮に勝てたとしても、別の内容で拒絶を打たれ たら、もう上記の「拒絶通知」からやりなおしとなります。 この闘いのフェーズを越えたら「設定登録」、すなわち特許権の発生です。 おめでとうございます!! ・・・と言う程、甘くはない。 設定登録から6ヶ月間、この特許権を叩き潰す新たな闘い「特許異議申立」 と言うフェーズが始まります。 この申立は、競合会社のみならず、赤ん坊でも、その辺の子供でも、あなた の特許を潰す権利があります。 卑近な例ですが、あなたの特許に記載した発明と同じ内容を、例えば、近く のオバチャンが井戸端会議で話題にしており(「公然知られた状態」)、実際に オバチャン連中を集めて自宅で試していた(「公然実施された状態」)と言うこ とを、別のオバチャンがメモしていたという事実があれば十分。 そのメモを特許庁に送りつけるだけで、あなたの特許権は、確実に潰されま す。 これを覆す為には、「特許異議申立無効審判請求」と言う審判の請求を経て、 再び裁判を始めることになります。 やっと闘いが終って、掴みとったあなたの特許権。 これでようやく安泰かと言うと、次の闘いのフェーズは、「特許無効審判請 求」。 あなたの特許を叩き潰し、安心して製品を作りたい会社が立ち塞がります。 これに立ち向かう為には、自らその無効の内容を訂正する「訂正審判請求」 でこの攻撃を交す必要があります。 この訂正審判とは、自分の特許権の一部を、放棄するものです。 すなわち、特許権という権利自身が生き残るために、自分の腕や足を、自ら 日本刀で切り捨てるようなものです。 ----- 特許権とは、死ぬことと見つけたり ----- 肉を切らせて、骨を断つ。 特許権の闘いとは、ダンディズムの極致とも言えましょう。 特許権を生き永らせたい特許権利者と、可能な限り早く抹殺したい第三者の 闘いは、特許権の寿命たる20年の間、いついかなる時でも発生しえるのです。 さて、ここまでの話は、単に、特許権を潰そうとする敵をかわすためのもの だけです。 皆が、特許権に群がるのは、それでお金を儲けたいと思うからだと思います が、はっきり申し上げておきましょう、 特許権でお金が取れる期待値金額は、マクドナルドでハンバーガの売り子を やっているより、・・・、いやいや、もっと正確な引用をするのであえば、夜 中に駅の構内で、ギター片手に下手糞な歌を歌うような阿呆な若者が、おひね りを貰うための空き缶に入れられる小銭の金額より、ずーーーーーーーーーーっ と少ないんですよ。 # あの程度の低い歌唱力で、金をカンパして貰おうという厚かましさは、 # 一体、どこから来るのだろう。 ## 逆に金を払って貰いたいくらいだが。 もしあなたが、あなたの特許権で儲けたいと思うのであえば、*あなた自身* が、その特許を侵害している人や会社を見つけなければなりません。 あなた以外の誰も見つけてくれませんし、邪魔こそすれ協力なんぞ絶対にし ません。 特許侵害を見つけて嬉しいのは、特許権者のあなただけ。 他の人にはどうでも良いことですから。 仮に見つけたとしても、今度は特許侵害の訴訟を*あなた自身*が起こさねば なりません。 これを特許侵害をしている人の立場から述べてみると「例え特許侵害をして いても、見つからなければO.K.」と言うことです。 実際、見つかり難い内容の発明なら、侵害を発見する可能性(顕現性)は、ずっ と小さくなります。 例えば、プログラムの中のアルゴリズムの中にある特許侵害を、ソフトウェ アを使っているだけで見い出せる人がいたら、その人は人類ではなく、神様で しょう。 こんなものは無理というか無茶です。 ですから、特許発明としては、顕現性の優れた、例えば「ゴキブリホイホイ」 の発明とかの方が、断然優れているわけです。 とどめに、--- 実際のところ日本においては、これが大問題なのですが--- 日本国の特許権者の勝訴率は、欧米のそれに比べてもの凄く小さい。 闘えば、必ず負ける と言うくらい、特許権者サイドの勝訴率は低いと聞いたことがあります。 今一度、あなたにお尋ねします。 それでも貴方は、特許出願したいですか? ----- ちょっとネガティブ色が強い話でしたが、このようなデメリットを考慮して も、実際のところ特許権と言うのは、民法の中では、最強無敵の強権を持つ権 利で、恐ろしい程の力を持っているのも事実です。 たった一人の個人が、数百億円の資本を投下した工場を完全に停止させ、そ の工場を、裁判所命令の紙一枚でスクラップにすることもできる、という強大 な力も持っています。 実際、特許権侵害が見つかったらえらいことになります。 刑法の規定もあり、懲役刑を喰らうこともあります。 民法の中でも異例な強さである特許権の効力は、 ----- それは400年前の関ケ原の合戦に、最新鋭の機関銃を持ち込む ような ----- 強さです。 これについては、次の機会にでもさせて頂くこととしましょう。 閑話休題。 ----- 私のようなプロの発明家(って、書いていて空しくなるな)・・・ではなく、 発明を生業としている・・・というよりはむしろ、発明をノルマとされている、 あるいは、発明をしないと給料を貰えない身の上であっては、発明活動は一種 の現実であります。 ですから、拒絶対応も仕事の一つでして、特に、最初の拒絶というのは、一 種の挨拶みたいなものと思っております。 ------------------------------------------------------------------ 拒絶理由通知書 36条第4項第6項違反 (1)請求項1に関わる「換金」の技術的要件が不明瞭であり、・・・ (2)請求項2に関わる・・・ ------------------------------------------------------------------ てなものを読んでいると、特許庁から 「始めまして、これからよろしくお願いします」 というような挨拶に見えるし、 これに対して、 ------------------------------------------------------------------ 拒絶理由に関する意見書 (1)請求項1の「換金」とは、請求項内の第一の電子マネーと同等の価 値を持つ電子データを、同請求項内の第二の電子マネーと同等の 価値を持つ電子データに変換する技術的要素を述べるものであり、 ・・・云々 ------------------------------------------------------------------ と言う文面は、 「御丁寧に御挨拶を頂戴頂きましてありがとうございます。こちらこ そよろしくお願いします」 と言う返事を書いているような感じですしね。 大体、「第36条」なんぞで真面目に拒絶しているとは思えない。 やはり、このバトルの関ケ原は「第29条」と「第29条の2」。 これが、公知文献付きで送達されてきたら、闘いの鐘が鳴り響いたと考えて よいでしょう。 それはさておき、特許のバトルというのは、前回述べたように、 ----- 暴風雨のどしゃぶりの雨の中、訳の分からぬ嬌声を上げて号泣 しつつ、相手に掴みかかり、泥だらけの取っくみあいになって地面を 転がり回りながら、相手の顔に爪を立てる ----- と言う喧嘩の、ホワイトカラーオフィスバージョンですから、この後の闘い は、本当にえげつない争いになります。 特許庁は、とにかく膨大な公知例資料を投げつけてきます。 特に米国特許庁なんぞは、50ページ以上もある英文明細書を、一度に10以上 も平気で投げてきますので、発明者(つまり私)は、それを片っぱしから読み倒 して、全部抗弁していきます。 この抗弁というのは、公知例が私の発明と無関係であることを証明すること であるのですが、時折、抗弁を終えた前回とほとんど同じ内容の公知例を持ち 出してきて、拒絶を試みるたりする、どうしようもない審査官もおりまして、 お前、阿呆か? と抗弁書に書いてしまいかねないのを、ぐっと堪える場面も数々ありました。 それよりもっと酷いのは、「拒絶理由が分からん」というものでした。 その時は、英語の拒絶通知書だったんで、私の英語力の問題かなとも思った のですが、それにしてもあまりに滅茶苦茶な英文なので、知り合いのネイティ ブの英語教師に見せたところ、 「この英文は、私のESL(非ネイティブ向けの英語クラス)で、もっと もデキの悪い生徒の文章よりも酷い」 とお墨つきを貰ったくらいの酷さで、彼が「私がTomの作った抗弁書に『一 度、私のクラスに勉強しに来い』とコメント書いてやる」と言いながら、赤ペ ンを取り出したくらいでしたから。 ----- さて、現在の私は、こういう辛い作業から現実逃避するために、プログラミ ングに逃げております。 しかも相手は、Linuxカーネル。 カーネルと言うのは、オペレーティングシステム(OS)の心臓部であり、その 難解さ、複雑さというのは、他のプログラムの比ではないと言われていますが、 現在の私の現実逃避力の強さは、Linuxのカーネルのバグを半日足らずで潰し、 作成中のアプリケーションに対応させるための変更を、わずか数時間で変更し てしまうことが可能なほど高まってきています。 沙羅双樹の下で真理に達したゴーダマシッタルダも、かくあったのかと思う ほど、今の私は、まるでシステムの彼岸に達したプログラムの悟達者。 それは、舞台女優を描いた少女コミック「ガラスの仮面」の北島マヤのよう に 『わかる! 私にはこの脚本の主役の気持が手に取るようにわかるわ!!』 転じて 『わかる! 私にはこの通信カーネル部の製作者の気持が手に取るようにわ かるわ!!』 と言う状態になっており、今なら、普段ではできないようなカーネルの不具 合を修正できる状態になってきています。 とは言え、このテンション、確信を持って来週までは維持できないと思われ たので、私は私のプロジェクトのグループ全員に 「今の私は、普段の私にはできないことができるので、今の内に製品の問 題点を提出してくれ」とメールを打ちました。 そして、 ----- 急いで欲しい。来週は、普段の私が戻ってきて、悟りに達した私はど こかへ行ってしまって、2度と帰ってこないから ----- と付け加えました。 (本文章は、全文を掲載し内容を一切変更せず著者を明記する限りにおいて、 転載して頂いて構いません。)