江端さんのひとりごと 「1.5人前」 最近、HPの食堂では、週に一度くらいの割合で「寿司」が出ます。 しかし、どうも日本食は、ダイエット食品と見なされているようで、一人前 では、全然足りません。 そういう時は、カウンターに向かって、 "One and half, please!" と叫びます。 ----- 先日、私が残業モードで、仕事をしていると、となりのパーティションのロ バートが来て『今、中国人と話しているのだが、内容が判らん。代わってくれ』 と言ってきました。 『あのね、普通の日本人は中国語なんか・・』と言う私を遮り、『彼女は日 本語がしゃべれるんだ』と言って、ロバートはヘッドセット(*1)を私に押しつ けました。 (*1)飛行機のパイロットなどが操縦中に頭からかけている、ヘッドホンとマイ クが一体となった受話機 Tom:『で、何を訊けばいいの?』 Rob:『C++の継承、カプセル化、ポリフォリズムの概念を、彼女が理解してい るかどうか、確認して欲しいんだ』 恐らく、私の英語よりはましな日本語で、彼女は自分の疑問点を私に一生懸 命話しているようでした。しかし、指示代名詞(『それ』)の使い方がよく分っ ていないようで、私は、久々の日本語を使った会話で大混乱していました。 それでも何とか会話を終えて、『彼女、かなり正確に理解していると思うよ。 ポリシーの考え方も概ね正しいと思う』と言って、ヘッドセットを彼に返しま した。 その後、ロバートが、Japaneseがどうの、HITACHIがこうのと喋っている声 を聞きながら、(なんで、そこに『日立』の名前が出てくるんだ?)と、訝しな がらも、私は仕事に戻りました。 しかし、数分後、"TOM!"と隣から叫ぶ声が聞こえて、私が慌てて彼のパーティ ションに飛びこむと、『次回のスケジュールを確認してくれ』と困惑している ロバートの顔がありました。 ヘッドセットを頭にかけながら、『今度は何と言えばいいの?』と訊ねると、 彼は、『日本人スタッフがいる時に電話するように言ってくれ』とのこと。 日本人スタッフって、誰? と思いながらも、再び私は日本語の通訳を試み ました。 しかし、彼女は、私が「あなたは、今日本にいるんですよね」と何度確認し ても、その言葉が理解できていないようで、仕方なく、私は日米間と決めつけ て、時差を計算した後、彼女に次回の開始時間を告げて、電話を切りました。 ----- Rob:『日本では、コンストラクタ、デストラクタのことを、何と呼ぶんだ』 Tom:『そのままだけど』 Rob:『彼女、コンスト(Const)とコンストラクタを区別していなかったみたい なんだよなぁ・・・。バーチャルファンクションは、どう?』 Tom:『それは、時々「仮想関数」と呼ぶこともあるけど、まあ、バーチャルファ ンクションでも通じる』 と私が応えると、ロバートは溜息をつきながら、ひとこと呟きました。 Rob:『いずれにしても、言語の障壁は、本当に大変だよ』 私は笑顔を保持しながらも、(あんた、今頃分かったのか)と、ちょっとあき れていました。 私が初めてHPに来た時から、毎日、遠慮なくネイティブスピードで話しかけ てくる、ロバートらしい発言だ、と思いました。 その後、ロバートが『日本人は、喋るのより読む方が得意なのか』と訊くの で、『当然だろう。大抵の日本人は、英語のニュース番組は理解できなくても、 英語の新聞は読める』と断言しておきました。 皆さん、がんばって下さい。 ----- ロバートが帰り仕度をしている所に、私は声をかけました。 Tom:『しかし、実際のところ、彼女は偉大なんだぞ。なんたって、3つの異な る言語が喋れるんだから』 Rob:『僕なんか一つだ』 Tom:『2つ・・、いや、1.5("One and half")だな。私の場合は』 と私が言うと、ロバートは笑いながら、手を振ってオフィスを出ていきまし た。 (本文章は、全文を掲載し内容を一切変更せず著者を明記する限りにおいて、 転載して頂いて構いません。)