江端さんのひとりごと             「智一君の好きなIRA」  今年一年を振り返って、と言うにはまだまだ早い初夏の今日このごろですが、 今年上半期の日本は、冬季長野五輪やワールドカップ日本代表出場など、明る い話題も少なからずあったと思います。  一方、ワールドワイドな観点から見てみると、日本の経済事情によって特に アジアなど国々にどえらい迷惑をかけているし、欧米の大国から政治指導者た ちがなんやかんやと文句をつけられているようです。  しかし、あの国は日本が景気がいいと文句を言い、景気が悪くても文句を言 いと、誠にうっとうしい国です。  まあ、それはさておき。  日本ではあまり大騒ぎされませんでしたが、私の中で今年最大の明るい事件 と言えば、北アイルランド紛争包括和平がありました。  土曜日の朝、料理教室に出かけようとして、ふと新聞を見るとトップにその ニュースが掲載されていて、思わず『おお!』と叫んでしまったものです。  それからしばらくして、この北アイルランド紛争包括和平に関するニュースが テレビで流れるたびに、嫁さんが大きな声で私を呼ぶようになりました。 嫁さん:「智一君! 智一君の好きなIRAだよ!!」 江端 :「ちょっと待てぃ! 私はテロリストのシンパじゃないぞ!!」  街中でこんなこと公言されたら、私は公安にマークされ、間違いなく警察のブ ラックリスと行きです。 江端:「お願いだから、『智一君の「興味」のある北アイルランド紛争問題』     と言って!」  -----  北アイルランド紛争は、直接的には1912年に英・アイルランド条約で、北アイ ルランドが英国統治になったことが原因なのですが、対立の根っこは八百年にわ たる英国によるアイルランド支配にあります。  1800年、アイルランドはイギリスに併合され連合王国の一部---つまりイギ リス無理矢理に一緒にさせられたわけです。 1916年にシン・フェーン党を中心とする独立運動が激化し、「イースター蜂 起」という武装蜂起がダブリン(現在のアイルランドの首都)で起こり、1919年 には農民の武装闘争が始まり。1922年、アイルランド自由国が自治領として認め られたのですが   −−−そんでもって、ここが悲劇の始まりなのですが  「人口の5分の3が新教徒であるアルスター地方は北アイルランドとして 英国に留まること」を決めてしまったのです。  独立を拒否した北アイルランドの5人に3人はプロテスタント教徒でした。  では、人口の5分の2のカソリック教徒の人々はどうなったのでしょうか? -----  問題を複雑にしているのは宗教対立なのですが、どうもこの辺が日本人で ある私にはわかりにくいのです。  我々日本人は、マルクス主義の唯物史観にも及ばないほどの徹底的な無神 論の国民でありながら、出雲の国に800人以上の神様を有する大和民族であ ると同時に、月ごとにキリスト教、仏教、神道などを、使い分ける世界一の 宗教的無節操な民族でもあります。  したがって、我が国の宗教に関する寛容度は世界一と言っても過言ではな く、間違っても天理教のおばさんが、南本願寺にテロを仕掛けたりは決してし ません。  ところが、北アイルランド紛争は、カトリックのアイルランドにプロテスタ ントの英国という構図の中、プロテスタントが多い北アイルランドにおいて、 教育や就職など露骨なカトリック差別が行われてきました。  これに反発するカトリック系の過激派・IRA(アイルランド共和軍)が 激しいテロを展開し、この30年間に、民間人を含め三千人以上が死亡している のです。  さらに面倒くさいことに、このイギリスの統括しているアイルランドの地域 (アルスター地区)が、アイルランド島の端っこのほうにちょこっとくっつい たような地区と言うことです。  わかりにくい人に一言で説明するなら、要するに『東京都町田市』です。  神奈川に出てきた人が、誰もが驚いて発する台詞の一つに  「え? 町田って神奈川県じゃないの?」  と言うのがあります。  小田急線町田駅の両側の駅は、神奈川県に属しています。それでも町田市は 東京都なのです。幸いなことに、町田市と東京都は海に隔たってはいません。 町田とアルスター地区の違いは、町田区の住民の大部分は間違っても、税金が 高いくせに交通事情が悪く、暴走族を取り締まりもしない、いーかげんな行政 をする神奈川県なんぞに帰属したいと思っていない点にあります。  そこに『俺は、神奈川県に帰りたいんだぁ〜!!!』と叫ぶ神奈川県ナショ ナリズムの右翼の暴走族が現れました。  彼は、東京都民であることを鼻にかけ、ことある毎に暴走族であることを 馬鹿に差別する(暴走族なんぞ差別されて当たり前だが)町田の奴等に頭に来 ていました。彼は『町田神奈川帰属連合』と言うなんかよく分からん暴走族を 組織し、「♪あ〜あ〜、神奈川、われらが湘南んん〜〜♪」と言う訳の分から ん神奈川県を崇拝する歌を使って、深夜の暴走に明け暮れ、町田の住人を毎夜 悩ませていました。  北アイルランド紛争を、乱暴にまとめるとこういうことなのです。  暴走族や右翼よりIRAのテロリストの方が、遥かに理知的で理論的であ ることは言うまでもありませんが、無関係な市民をテロ(爆音行為は立派な テロ)に巻き込んで、自由や正義を標榜しているという点で、両方とも社会 の敵・・なんて立派なものではなく、単なる市民社会の『ゴミ』です。  以下は、アメリカ国防省のホワイトペーハーを翻訳したものの引用です。  IRA - Irish Republican Army アイルランド共和軍  爆破、暗殺、誘拐、強請、強奪を行なうテロリスト組織。北アイルランドの 英国政府高官、北アイルランドの英国軍と警察、北アイルランドの王党派準軍 事グループを狙う。1996年の停戦中断から、IRAの作戦は、英国本土の列 車・地下鉄駅と商店街への爆破作戦、北アイルランドの英国軍と王室アルスター 警官隊のターゲット、ヨーロッパ大陸の英国軍施設に対して行なわれている。規 模数百名、プラスシンパ数千名。外国援助さまざまな集団や国から援助を受けて きており、リビアそして一時はPLOからも大きな訓練や武器を受けていた。米国 内のシンパから資金や武器を受けている疑いもある。  かなり昔のことですが、鉄の女と呼ばれるサッチャー首相が偶然に爆弾テロ から逃れた事件を、私はよく覚えています。  最も私自身、IRAのテロ行為はきっぱり否定するのですが、英国政府のアルス ター地区に対する武力制圧は、カソリックの住民にIRA支援をさせるだけの非道 なものがあったと思います。 -----  さて、今回私に『おお!』と言わせた、北アイルランド包括和平案とは、次の ような内容です。  北アイルランドの「英国への帰属」を大枠で維持しながら、分離派の声を反映 させる狙いから、(1)北アイルランド議会(2)北アイルランドとアイルラン ドの代表による評議会(3)北アイルランド議会など英国の地方議会と英政府、 アイルランド政府による協議機関―を新設し、またその一方で、北アイルランド の領有権を主張するアイルランド憲法の修正も盛り込みました。  今回の和平合意には、英国の新しい指導者であるブレア首相とアイルランドの アハーン首相の強い指導力があったほか、アイルランドの血を引く米国のクリン トン大統領のサポートもあったと言われます。  朝日新聞の朝刊を握りながら、『えらいぞ!ブレア!!』と叫びつつ、(やっ ぱり政治は指導者で決まるんだなあ・・・・)と思わずにはいられなかった私で す。  民主主義政治のメカニズムとは、原則として「どんな馬鹿がどんなアホな施政 を行っても、−−−結局、正しく機能している」と言うような、完璧なフィード バック&フォールトトレラントシステムであるべきだと思っていますが、やはり 指導者の器量で国民の生活が決定される状況は避けられないようです。  まあ実際のところ、合理的システムを背景とした政治形態は恐いんです。  政治に科学的思考や論理的メカニズムを導入する実験は、すでに70年ほど前 に実施されていたのですが、最近、国境の壁と一緒にその親分的存在の国が劇的 にぶっ壊れたのは、ご存知のとおりです。  ポルポトの馬鹿は自国の国民を100万人以上を殺しましたし、スターリンは 第二次世界大戦で死傷した兵よりも多くの自国民を虐殺しました。毛沢東にして も、同じようなものです。  力のある政治家が、完全無欠の論理を持った時−−−−  これくらい恐ろしいことはありません。     -----  ですから、皆さん。今度の週末の参議院議員選挙に行きましょう。  興味がなければ、白紙でも「へのへのもへじ」でも「江端智一」でも結構で す。比例区(今回比例区はなかったかな?)は「停滞党」とでも書いておきま しょう。  とりあえず投票率を下げないこと。  これで、日本にポルポトやスターリンや毛沢東がでてこないなら安いものだ、 と、私は思う訳ですよ。 (本文章は、全文を掲載し内容を一切変更せず著者を明記する限りにおいて、 転載して頂いて構いません。)  P.S.  政治に関する事項がたくさん出てきましたが、文献は全部ホームページから引 用しているため間違いが大量にあると思います。  皆さんの査読・校正を大いに期待しております。