江端さんのひとりごと 「『青色ダイオード事件』判決文の楽しみ方」 2004/06/01 興味のある方も多いと思いますが、被告に対して200億円の支払いを命じた、 いわゆる「青色ダイオード事件」の判決文が掲載されております。 http://patent.site.ne.jp/jd/lib/td/040130.htm 出張先で読んでいたのですが、思わず爆笑して、本社の人に変な目で見られ ました。 流し読みをしたので、誤解や誤読、脚色が満載だと思いますが、一応私なり に理解した上で、楽しかった点を以下に記載します。 (1)原告、被告、裁判所がばらばらの主張と計算方式を使っている 原告 3000億円以上の請求権利があるけど、今回は一時的に200億 だけ支払うことで勘弁してやるぜ。 被告 とんでもない、14億以上の損害を出しているんだ。こっ ちが金が欲しいくらいだ。 裁判所 当裁判所の算定結果は600億円だが、原告が200億といってい るので、200億で手を打てば? 裁判ですから、被告と原告の主張が噛み合う訳はないのですが、ここに裁判 所までが加わって喰い違うと笑えます。 (2)裁判所のコメント ------------------------------------------------------------- 「特許権者である被告(ようするに会社側)自身が,本件特許発明を未 完成発明であるとして,本件特許の有効性を疑問視するような主張 をする真意は必ずしも明らかでないが・・・」 ------------------------------------------------------------- つまり、被告(会社側)は、原告(発明者)の請求を無効とするために、「特許 権自身の有効性」を否定をするような主張をしてしまったという訳です。 裁判所は、『この特許権の実施で利益を上げているお前(会社側)が、一体何 を言っとるんだ』と呆れた顔をしている、といったところでしょか。 (3)世間知らずな大学教授の鑑定書 (「第四 当裁判所の判断」の直前の段より引用) ------------------------------------------------------------- また,権利の譲渡時においては,従業員発明者は使用者会社に雇用さ れているのであるから,自らを雇用する会社相手に相当対価を請求す るのは,現実問題として困難である。 従業員発明者からの相当対価請求が問題となった過去の裁判例のうち, 1件を除いては,オリンパス光学事件を含むすべての事案が,従業員 発明者が会社を退職した後に訴えを提起した事案であったという社会 的事実が,そのことを明確に物語っている。特許を受ける権利の譲渡 時に,従業員発明者が相当対価請求権を行使することが現実に可能で あることを前提とする。 Y鑑定書の立論は,机上の空論というべきものである。 ------------------------------------------------------------- 以下解説します。 某大学の法学部の教授が、(会社側の弁護として)Y鑑定書なるものを出した のですが、簡単にいうとこういうことだと思います。 --------------------------------------------------------------------- 「この私(江端)が発明した、この次世代無線通信方式の発明は大当りして、 日立製作所に10億の利益を生み出します。 間違いない!(長井秀和風に)。 ですから、今の段階で5%の5000万円を下さい。そうしたら、日立製作所に 『特許を受ける権利』の譲渡書を書きますよ」 という請求は、江端が日立に在職中にもできるはず。 --------------------------------------------------------------------- とする鑑定書。 世間知らずにも程がある馬鹿げた鑑定書と言わざるを得ないでしょう。 こんなことしたら、クビにはならんかもしれんけど、「あ、お前ね、もう、 特許明細書は永久に書かなくていいよ」と、言われるだけで、原告が「机上の 空論」と言ったのも当然でしょう。 (4)誰のおかげで権利化できたのか。 被告 会社の知財部が、意義申立や拒絶理由対応で一生懸命がんばっ たんだから、特許権になったんだろうが。 お前、そういう対応に協力したか? え? 原告 発明がなかったら、特許権もなんもなかっただろうが。 知財部が意義申立や拒絶理由対応するのは、当然だろう。 それが仕事なんだから。 「卵とニワトリ」を地でいっておりますね。 (5)裁判所の貢献度の認定 -------------------------------------------------------------- 上記によれば,競業会社である豊田合成やクリー社が青色LEDの分 野において先行する研究に基づく技術情報の蓄積や研究部門における 豊富な人的スタッフを備えていたのに対して,被告会社においては青 色LEDに関する技術情報の蓄積も,研究面において原告を指導ない し援助する人的スタッフもない状況にあったなか,原告は,独力で, 全く独自の発想に基づいて本件特許発明を発明したということができ る。 本件は,当該分野における先行研究に基づいて高度な技術情報を蓄積 し,人的にも物的にも豊富な陣容の研究部門を備えた大企業において, 他の技術者の高度な知見ないし実験能力に基づく指導や援助に支えら れて発明をしたような事例とは全く異なり,小企業の貧弱な研究環境 の下で,従業員発明者が個人的能力と独創的な発想により,競業会社 をはじめとする世界中の研究機関に先んじて,産業界待望の世界的発 明をなしとげたという,職務発明としては全く稀有な事例である。こ のような本件の特殊事情にかんがみれば,本件特許発明について,発 明者である原告の貢献度は,少なくとも50%を下回らないというべ きである。 -------------------------------------------------------------- 裁判所は、会社の利益に対して発明者の貢献度が最低50%と言っているので すが、この根拠が極めて「人間臭く」て良いのです。 (a)(ここには書いていないけど)事実上、市場独占率100% (b)貧弱な設備、皆無に近いノウハウ(実際、研究設備を手作りしている) (c)研究に対する冷たい周囲(特に上司、幹部)の振舞い (d)資本や設備投資の少ない中小企業 (e)世界的大発明 この(1)〜(5)までが揃って、ようやく貢献率50%ですから、視点を変えます と、職務発明で200億円をゲットするには、 (a)市場占有率100%、 (e)世界的大発明 に関しては、己の才能の問題ですが、 (c)'研究に対する上司の徹底的な無理解 (b)'新営(新規実験設備投資)提案等に対する却下の嵐 (d)'日立製作所の中小企業への転落 などの条件が必要であり、逆にこのような条件が満たされてしまった日には、 サラリーマン研究員としての自分の立場がヤバイです。 ----- 以上、結構笑える判決文でした。 長文ですが、暇な時にでも御一読を。 (本文章は、全文を掲載し、内容を一切変更せず、著者を明記する限りにおい て、自由に転載して頂いて構いません。)