江端さんのひとりごと 日帰りスキー in コロラド 第5弾 「ビーバークリーク」 アメリカ合州国の、しかもコロラドに来ているのですから、車の中では、毎 日ジョンデンバーやら、「カントリーロード」などのフォークソングでも聞い て過しているのだろうと思われている方も多いかもしれません。 しかし、私がフォートコリンズに赴任してから、最も真剣に聞いているのは、 実は「落語」だったりします。 日本にいた頃は、落語のCDを買うという発想すらなかったんですが。 小学校の頃にはドリフターズを真似た寸劇で、常に『お誕生会』の大トリを 飾り、中学の頃には文化祭で友人と二人で漫才の企画と演出で、PTA新聞で絶 賛されました。 高校になれば、講談社文庫の古典落語を何回も読み返し、そして大学で落研 (落語研究会)に入らなかったことを今でも後悔している、と言う次第で、とに かく、昔から話芸全般が好きでした。 小学校の頃、テレビで一度聞いただけの桂三枝の落語(たしか20分以上はあっ たはず)を、次の日友人達に披露していたと言う、信じられない能力を発揮し ていました。 今となっては、『なんで、そんなしょうもないところに、才覚を発揮してい たのだろう』と思わずにはいられません。 あの能力の百分の一でも、外国語能力の方に移動していれば、私は今頃、外 見だけでなく、本物のケビンコスナーになっていたはずです。 ----- 一度だけ、会社の先輩に連れられて、新宿の寄席「末広亭」に行ったことが あるのですが、なかなか辛かったです。 昼の3時くらいから始まったと記憶しておりますが、とにかくそこから4時間、 夜の7時くらいまで延々と続く前座の芸は、誠に悲惨なものでした。 会場に3、4人の客と、舞台に漫才の芸人二人。 全く笑えない落ちに、どう振舞えばよいのか戸惑う客。 そして、その戸惑う客に、悲しげな笑みを浮べる芸人。 重い空気に息の詰まるような、警察の取り調べ室のような寄席。 『何故、私は金を払って寄席に来て、このような苦しい時間を過ごさねばな らなのだろうか』と自問しはじめる私。 私は、会社の先輩が、ストリップ劇場のお姉さんに、『うれしい! また来 てくれたのね!!』と言われて、舞台と観客が一体となった瞬間を得たと自慢 していた、その言葉を思い出していました(日立の研究所には色々な人がいる んです)。 そして、これもまた、ある意味では、芸人と観客が心理的障壁を越えて、苦 痛の空間に共存し、悲愴な感情を共感する、まぎれもない『一体の場』である、 と感じました。 そのようなことを先輩に言ったところ、「これが、本当の寄席だ!」と教え 悟されました。 そうかもしれないと思いましたが、それと同時に、私は『本当の寄席』には 二度と行くことはないだろうな、とも思いました。 ----- 私は、アメリカに来ても、なおかつ、骨の随までNHKを利用しつくし(「ラジ オ日本オンライン(http://www.nhk.or.jp/rj/index_j.html))ています。 「電子立国日本」、「新電子立国」、「映像の20世紀」、「世紀を越えて」 等を、涙なくしては見れない、NHK受信料*支払*闘争中央委員会書記長(*1)の 江端さんとしては、落語は、ビールをかっくらいながら、NHKの「日本の話芸」 にチャンネルを合わせるのが一番、と思っています。 ボーナス時なんぞには「さだまさしのコンサートトーク集」を12枚いっき買 いをして(嫁さんの実家から発送してもらった)、仕事中に聞き続けています。 しかし、あれほどまでに「家族愛」を主張する彼が、休暇にも仕事を持ち込 むワーカホーリッカーで、仕事でほとんど自宅に帰っていないことも知り、と ても白けた気分にもなりましたが、まあ、基本的に芸術家が生み出す作品と、 その芸術家の私生活は別のものなので、上の感想は批評は的を得ていないとも 思います。 ----- 最近、フォートコリンズから、ディロン湖(Lake Dillon)までの、インター ステーツ25号線と70号線を75マイル(時速120km)で飛ばしている間、私が繰り 返し聞いているのは、鹿児島を中心に活動されている 三遊亭歌之助 師匠の、落語CDです(http://g4.pos.to/dear-com/pickup/utanosuke.html)。 日本へ一時帰国した際、飛行機の中で聞いた落語(全日空寄席)をヘッドホン で聞いていた折、座席で一人大爆笑していたので、隣の席のアメリカの老夫婦 に、非常に奇異な目で見られました。 鹿児島のレコード店にWebで申し込み、福岡の嫁さんの実家を経由して、よ うやくアメリカに到着しましたが、苦労して取り寄せただけのことはありまし た。 歌之助師匠の作品、全てに一貫する哲学は、 (1)しゃべらなければ、何も伝わらない (2)明るい前向き思考が、人生を楽しくする (3)誉めることが、人を劇的に変える の上記3点に集約されると、私は思っています。 勿論、この程度のことは誰でも言っています。 しかし、師匠の落語が、教訓垂れの経営者向のセミナーと決定的に異なって いるところは、これらの哲学が全て、彼の愉快な(抱腹絶倒な)体験を通じて語 られているところにあります。 なにより、私の信じているものを、これほどの迫力で伝えてくれる師匠の落 語CDは、私にとっては大切な宝物なのです。 ----- 彼はCDの作品の中で、次のように語っています。  ・・・・ あるところに貧しい夫婦がいました。 彼らはあまりに貧しかった為、クリスマスにお互いにプレゼントを贈ること が出来ませんでした。  だから、夫は、大切な懐中時計を売り、妻の為に美しい櫛を買いました。  そして、妻は、自慢の髪を売り、夫の懐中時計の鎖を買いました。  二人のプレゼントは、結局無駄になってしまったのでしょうか。 いいえ、そうではありません。 二人は、互いに最も大切なものを贈りあったのです・・・ これは、オー・ヘンリー作の「賢者の贈り物」と言う、貧しいが愛にあふれ た若い夫婦の、涙の出てくるような素晴しい夫婦愛の物語です。 (この師匠の語りかけに、観客もCDを聞いている私も、思わず目頭が熱くなる) しかし! こんなもの、私に言わせてみれば、 「いかに夫婦間に会話がなかったか! 」 (一転、大爆笑。会場が揺れる) 一言聞いておけばよかったんですよ。 「かーちゃん! クリスマスに何が欲しかぁ ?」、と。 いかに夫婦が愛しあっていても、しゃべらなければ、伝えることはできない のです! これは絶対的な真理だと、私は確信するに至りました。 ----- てな感じで、コロラド日帰りスキーの往復は、日本の落語が、無限ループで 流れ続けていたのでありました。 ----- この冬最期のコロラド日帰りスキーは、「ビーバークリーク」でした。 ここも、いい所でした。 ベイルでホテルの予約が取れなかった人は、迷わずビーバークリークを選ん で下さい。 ベイルに負けないくらい、美しいスキーリゾート地ですし、あまり知られて いない分、なお良いです。 多分ベイルのように、目玉が飛び出るほど高くもないと思います。 もしベイル(に限らず、周辺のスキー場)でも滑りたいのであれば、シャトル バスが沢山でていますので、それを利用されると良いと思います。 アメリカでは、レンタカーをお勧めしますが、デンバー国際空港に到着した その日に、米国の道路交通法下の、左ハンドル、インターステーツ75マイル巡 航がどんなに苛酷な試練であるかは、私はよーく知っていますので、無理にと は言いません。 赴任してから、一月の間、3日に一度は、逆行運転していました。 インターステーツでこんなことをやったら、大惨事です。 ----- 訓練用斜面としては、Summit Elevationの左サイドの、上級者コースをお勧 めします。 なぜなら、ここもまた過激なコースを2つ持ちながら、リフト前の開けたコー スから、一望できる位置にあるからです。 つまり、このコースで滑落し、コースへの帰還が不可能な状態になったとし ても、発見される確率が極めて高い。 この冬最期の日帰りスキーで、私は滑落の限りを尽して、本シーズンを終え ました。 ----- 結局、コブ斜面をきれいに滑り降りることは出来ないままで、本シーズンを 終えることは大変残念だったのですが、恐らく、ストックが5cmほど高かった こと、それと私のORINの柔らかい板がコロラドのスキー場に合っていなかった ためであろうと、推測されます。 来年、私が板とストックと靴を新調しさえすれば、華麗な技でこぶ斜面を飛 びこえ、稜線から垂直に飛び出し、太陽を背にしながら岩から飛び降り、ゲレ ンデのコロラディアンたちの感嘆の声を一身に浴びるであろうことは、間違い ないと思われます。 そして、板を担ぎ、夕日に燃える稜線を歩み、一人コロラドの自然に挑む、 孤高なスキーヤー江端の姿をお見せすることになるでしょう。 ----- 「日帰りスキー in コロラド」は、来冬、第6弾より再開致します。 (本文章は、全文を掲載し内容を一切変更せず著者を明記する限りにおいて、 転載して頂いて構いません。)